聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
“譲”。
基山譲か、花井汐とケセド寮で同室の。
同室の相手に片恋とは、切ない。
「汐。天野さんに、何されてるの?」
「何もないよ! 話してるだけだっ……」
抱きすくめたことで、花井汐の声が途切れた。
「やっ……ゆず、離し……」
背中の主が、汐を乱暴に剥がした後、小枝を鳴らして足早に去っていくのが見えた。
話は決裂したまま終わったらしい。
不毛だ。
後に残された花井汐も、相当複雑な表情で、目元も赤みを帯びている。
泣き出しそうな目が、ふとこっちを見た。
(気配に気づかれたかな)
「誰……? ……あ……明石なの……?」
怯えているのか、近づいてくる気配はない。
それにしても、一番に出てくるのが『明石』とは。
意外に記憶に刻まれているじゃないか、聖王陛下?
「もう、みんなを集めても、僕は前みたいにならないから……明石と僕は……もう、何の関係もないから……」
……何の話だ?
無意識に体が前へ乗り出したのか、足元の小枝が、ぴしりと鳴った。
あーマズイ。
俺は木陰から姿を表すと、花井汐と向きあった。
泣き出しそうな花井汐に、とりあえずは笑みを作っておく。
「鷹宮家令……どうしてここに……」
「偶然、通りかかっただけ。大丈夫、天野司酒長を斥候にしたりしてないし、安心しなよ。
それより、一つ聞きたいんだけど。君と聖王陛下は、昔からの知り合いなのかな?」
花井汐はふるふると首を横に振る。
俺は、獲物が逃げだしていかないように、じりじりと距離を縮めて。
花井汐の柔らかな耳元に、指で触れることができた。
夜風に当てられて、ひんやりとした耳は、薄赤く色を変えている。
「知り合いなんかじゃ……ありません……」
困ったように、怯えたように惑う視線。
夜の雑木林に汐だけが木々から漏れた月光に、白く浮かび上がっている。
これは、聖王じゃなくても狂わされるかもしれない。
「……天野司酒長が好き?」
「そ、そんなの……貴方に関係ないじゃないですか」
「うん、関係ないね。学園内は自由だ。王軍が動く規則以外はね。男の子同士で慰めあうのも、自由だ」
頬を染めたまま、恨みがましい目を上げてくる。
「でも、森村明石はどう思うだろうね?」
確信なんてなかった。
森村明石と花井汐が、過去にどんな繋がりを持っているか、俺は何も知らないのだから。
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