聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
1
コクマ独房から出た後、待っていたのは補習授業と家令業務だ。
大量の課題と業務書類に目を走らせて、一人部屋という環境を大いに利用させてもらった。
いつもは整然とした部屋が当たり前の俺だが、と、散らかった部屋を思いだす。
大抵の人間がそうであるように、許容ラインを超えると、すべてに力を分配するのは不可能だ。
その内、否が応でもすべきことの取捨選択を迫られる。
許容ラインの高低は人それぞれで、小石に蹴躓くヤツもいる。
しかし結局のところ、蹴躓いた自分をうまく取り繕えるすべを手に入れていれば、過去のミスはなかったことにもできるはずだ。
予定通りには行かないのが、現実というものなのだから。
誤算の一つ目は、当然ながら王軍長で。
感情で動くことは知っていたが、その振り幅は想像よりも大きく、花井汐に対する質問が重なり、時間を食ってしまったこと。
もう一つの誤算は――
ちら、と書類から視線を上げる。
左横、上座に腰を落として、俺が持っているのとはまた別の書類を流し読みしている聖王 森村明石を盗み見る。
こいつは俺が見ていようが見ていまいが関係なく、自分の見たいものだけを見る。
視線を感じても見返しては来ない。
お互いが合わそうとした奇跡の一瞬にしにしか合わないのだ。
誤算の話に戻る。
第二の誤算は森村明石だ。
以前から、眼鏡姿で花井汐にちょっかいをかけていたことは知っている。
だが、聖王の気分転換(?)として、その姿でうろついているのはこれが初めてじゃない。
俺が覚えている限りだが、森村明石は自身が聖王になる以前から、『編入生』のチェックを怠ったことがない。
編入生が訪れる日時を書類で調べ、正門に現れた彼らに声をかけ、司酒長へと渡していく。
その時、彼らに自分が聖王であることはうち明けない。
「誰か特定の人間が来るのを待っているのか?」とも思ったが、それなら直接門に出向くまでもなく、書類段階で名前をチェックするだけで済む話だ。
だが、花井汐以降、森村明石は編入生チェックをしなくなった。
代わりに何かと彼の身辺を探り、言葉を交わす。
(いったい何のために?)
思い当たるのは、聖王会の空席“姫”だけだ。
森村明石は“姫”に花井汐を据えようとしている。
自ら一般生徒を装い、近づいて、花井の心を開かせようとしているのか、まったく健気なことだ。
今のところ花井汐は、森村明石が、そばに置きたいと願う唯一の人間だ。
聖王会は代々聖王の指名で、役職に就く。
森村明石の役員選任方法は、至極簡単だ。
学業成績優秀者の枠内で、どの仕事にどの能力を持ってくるかだけで決まっている。
人格を無視した集まりに、気の合う人間がいるはずもない聖王会は、
『王座を狙う家令』
『面白いことだけを探す侍従長』
『早く聖王会役員を降りたい尚書長』
『聖王を盲愛している王軍長』
どうしようもない構成だ。
聖王会にチームワークを求めない聖王は、メンバーと交流を望まない。
無論こちら側としても、役職以上を求めることはない。
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