聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
2
事情を説明した僕に、堀切副王軍長は思案するみたいな顔をしてから「ちょっと待っててください」と、寮の奥に姿を消した。
副王軍長である彼は、年下ではあるけれど、僕よりも高位に位置する。
年は関係ない。
役職がすべてだ。
上の地位にいる者は、相手の年に関係なく、敬語など使う理由はない。
それを不快に思うことはあまりないが、そんな校風の中で堀切副王軍長だけは僕に敬語を使う、珍しい存在だ。
きっと彼自身の性格によるものだろう。
数分も待っていなかったと思う。
再びネザクの玄関に現れた副王軍長の後ろには、数名の王軍兵と、厳しい顔つきの聖王が立っていた。
「コクマへ行く。同行しろ」
嫌な予感がした。
なぜここで聖王会が出てくるのか。
なぜ、花井汐という名前だけで、副王軍長が聖王まで引っ張り出してきたのか。
理由は、コクマの会議室にあった状況を見れば一目瞭然だった。
花井汐は家令 鷹宮雅臣に接見と称して呼び出された。
密閉された空間の中で、汐は家令からどんな“尋問”を受けたかはわからない。
聖王と副王軍長とともに部屋に入った時、汐はずぶぬれで、呆然と立ちすくんでいた。
花井汐接見を、聖王会トップたる聖王は事前に知らされていなかったようだ。
「──誰が汐を呼びだした」
だが、知らされる知らされないは聖王会の内部事情の話だ。
聖王会のすべての責任は、聖王 森村明石にある。
ジュースの甘い匂いに包まれ、体を小刻みに震わせる汐。
顔色は紙のように白かった。
その体を腕に抱いたまま、僕は聖王を見据えた。
「うちの、ケセド寮生を、僕に断りなく連れていくのは、聖王会といえども今後絶対に許しません。二度とないよう、肝にめいじておくように」
口から突いて出たのだ。
対して、森村明石は何も反論してこなかった。
部屋まで基山譲が同行してくれた。
ケセドに入った時、ちょうど消灯時間を知らせるトロイメライが流れていた。
司酒長の背中に背負われた生徒の事情を知りたがる寮生が数人、こちらに視線をくれてはいたが、いかんせん彼らにとっても大事なのは消灯だ。
事件があるなしに関わらず、兵隊の見回りがある。
「ありがとう。譲くんも、急いで部屋に戻りなさい。今夜のことは考えないで。間違っても、自分の責だなどと思うんじゃありませんよ」
「でも、天野さん……」
何か言いたげな譲の頭を撫でる。
と言っても、背は彼のほうが高いのだけれど。
困ったような複雑な顔をしている。
『同じ編入生同士』と言って同室にした汐のことを、彼もまた守ろうとしていることはわかっていた。
汐から離れて、別の生徒と歓談していた。
同室だからといって始終一緒にいる者などない。
そんな当たり前のことを、自身でどこか責めているのが見える。
責を感じる必要はない。
責があるのだとしたら、司酒長の職務を真っ当できなかった僕にこそある。
「よくお休みなさい。一年生は明日、数学で試験があると聞いてますよ。公式でも頭に浮かべて、睡魔がきたらそれに任せなさい」
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