聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
8
もーこいつってば、そんな基準ばっかやめてよー……。
僕は尚書院のこともあるし、早く帰りたいんだってば。
退席しかけていた聖王までもが、仕方ないといったふうに、また席に戻った。
一同に視線をくれる。
「意見がある者は?」
言いながら、鷹宮さまに振る。
上位から述べるのが定石だ。
鷹宮さまはさっきからの無表情のまま、「現時点では保留ですね」と返した。
「聖王会に花井汐を迎え入れるにあたって、もう少し調査が必要です。決は下せない」
「修司は?」
頬杖をついて、いまだにガムを噛んでいた修司が「僕は賛成」と短い返事をした。
「さっきも言いましたけど、僕は良いと思いますよ。ハナイがどんなヤツ知らないけど、知らないほうが楽しいかも」
尚書長どうぞ、と振ってくる。
……こいつ、汐ちゃんの人柄も知らないで意見していたのか。
修司の振りで、全員の目が僕に集まった。
どういう流れであれ、意見を聞いてもらう場があるというのは良いことだ。
「僕は……花井くんとは寮も一緒で、彼の気性も見ています。とても、聖王会でやっていけるような性格じゃないと思う」
隣で修司が「聖王会でやってけない性格って、どんなよ!?」と、妙な笑いのツボに入っている。
少なくともおまえみたいのじゃない、と言いたいのを抑える。
変なツボに入ってしまったのは修司だけだ。
後のメンバーはそれぞれ思惑があるのか、真面目くさった顔で思案している。
聖王の目が最後の一人に向けられた。
「梅は?」
東原王軍長は、ちら、と視線を聖王に向けてから、思い切ったような顔で口を開いた。
「反対。今までなかったものをわざわざ置く必要性を感じない」
語調は強く、速かった。
言うだけ言うと、東原王軍長はつい、と立ち上がって会議室を出た。
その後を副王軍長の堀切さんが追いかけて出て行った。
独房に連れていくのだろう。
もう一人独房行きが決まったはずの家令 鷹宮さまはうつむき加減に体を傾けて、くつくつと笑い声をかみ殺していた。
「あいつ、結局陛下に『反対』だって言いたかっただけじゃないですか。それを全員の意見を聞きたいなんて、回りくどいやり方して……」
そうかもしれない。
反対していると口にしたかっただけ、他が賛成か否か自らで決をとりたかっただけ。
自分の中に逆接「だけど」が浮かぶ。
聖王会において、意見を口にし耳にしたからと言って何になるだろう。
聖王 森村明石の下で、意見を求められることはよくある。
だが、全員に意見を言わせながらも、その決をとることはない。
なぜなら、聖王以外全員の反対よりも、聖王一人の賛成のほうが重いからだ。
くだんの聖王はポケットに手を突っ込みながら、音もなく立ち上がった。
一瞬だけ、残りのメンバーに視線をくれる。
「散会する。諸君、よく眠ってくれ」
それだけを残して、会議室を後にする。
しんとしたコクマの廊下から、聖王が誰かと話しているような声が、ドアを越して聞こえた気がした。
すでに、聖王の中でこの"聖王会の空席"という議題は終わっているのだと、ぼんやり思った。
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