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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
6
 僕のすぐ横の席で、修司が「へぇ」と声を挙げた。
 好奇心にかられた時に出す声色だ。
 不穏な予感がする。

「"姫"に花井汐を? 僕は面白いと思いますけどー」

 あーあ、と心の声で言っておく。
 言ってしまった、どーすんのこの空気。

 ばん! とテーブルを叩く音がして、興奮した東原王軍長が立ち上がった。
 すかさず彼の手元にあったペンケースが修司めがけて飛んできた。
 修司をそれをついと避けて、へらへら笑っている。

「面白いわけないだろう! 真面目に考えろ、修司!」

「至って真面目ですよ、閣下ー。
 だって、"姫"って広報なんでしょう? 違反者を抑える意味でも、ちょっと柔らかい印象を持っている生徒が間でパイプ役になれば、王軍長閣下も狩りの手間が減って助かるってもんじゃないですか。
 ま、『狩りたい』と仰るなら話は別ですけどねえ?」

 ソファが床をこすって動いた後、東原王軍長が修司に向かって動くと、肩がすくんだ。

 修司の席は僕のすぐ隣だ。
 もめごとは口頭でやってほしいと、王軍長には切実に思うけど、言えるわけもない。

 もう来るかと思ったその時、聖王が「梅」と短くその動くを封じた。
 名前を呼び止められた王軍長は、複雑な表情をして修司をねめつけてから、自席へと踵を返していった。

 ほっと、息を吐く。
 だけどその安堵も一瞬だった。

「高美。接見の尚書を書かせたのはおまえか? 尚書院の者か?」

 すぐに動きを封じられた王軍長の気持ちを理解することになってしまった。
 深呼吸を済ませる。

「尚書には鷹宮さまの署名があったと聞きます。けど僕は、鷹宮さまから言付かってはおりません。
 鷹宮さまから、尚書院へ直接指示を出されたとあれば、大変心外に思いますし、尚書院長である僕に指示を仰いでこなかった担当者を探す必要があります」

 一息に言いきると、鷹宮さまと目が合った。

 僕が悪いわけじゃない。
 目を逸らす必要なんかない、と言い聞かせるようにくり返していると、鷹宮さまはニコッと笑んで「いやだなぁ、尚書長。語調が荒いよ」と言ってから、聖王に向き直った。

「花井汐接見に関しては考えあるところでした。しかし、ことを急ぐあまり、うっかり尚書発行規則を失念していたことは事実です。以後、このようなことにならないよう、十分留意致します」

"うっかり"!
 流暢な言い訳は、最初から用意されていたシナリオに違いないだろうけど。

 あまりにも堂々としたさまに、心中開いた口がふさがらなかった。
 現実に引きずってこないようにうつむいて耐えているのが精一杯だ。

(まったく、よく言うよ!)

 そんな人だとはわかっていたけど、こうも堂々とやられると、一度痛い目を見てみると良いのに、とやけっぱちじみた感情が浮かぶ。
 聖王も僕と同意見のようで、半分呆れたような顔をしている。

「万人が完璧なわけじゃない、うっかりミスすることもある。ゆえに、お互いのミスを防ぐ策を執る必要がある」

 そうだな、と鷹宮さまに向かって念を押す。
 鷹宮さまは笑顔のまま、頷いた。
 ……やっぱり悪い予感がする。

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