聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
4
ふざけ調子で言う修司にハイハイと返しておく。
問題の会議室のドアは開いたままで、モップを持った生徒たちと大沢司酒長が出てきて、頭を下げているところだった。
救急箱を持った者もいる。
(汐ちゃんの他に、誰か怪我人が出たのか?)
そういえばさっきちらっと、修司が『王軍長が陛下に殴られた』とか言ってたっけ。
本当なんだろうか。
聖王陛下がお気に入りの東原さんを殴るなんてこと。
(でも、東原さんもその威を借りてるところあるっぽいしなぁ。大きな声で言えないけど)
僕と川上修司侍従長の姿を見とめると、立ち止まってそれぞれ頭を下げた。
とりわけ、大沢司酒長が緊張した顔をして立っている。
さっきのユズみたいな顔だ。
視線の動きも、妙に落ちつきがない。
「両閣下。遅い時間に集まっていただき、お疲れ様です」
「なー大沢サン、ガム持ってない?」
修司が全然脈絡のない質問を口から吐きながら、「いえ」と短く返した大沢司酒長から視線を移動させた。
モップを持ったコクマ寮生に「あんた、持ってない?」と続けている。
僕は視線をはずしたままの大沢司酒長をじっと見た。
この人は普段、コクマ寮の象徴みたいに静かな人だけど。
先日の狩りで隊長を務めていたという話を、聞きかじっていた。
王軍の一員でもないのに、隊長職を?
普段なら、堀切副王軍長の立つ場所だ。
「大沢司酒長は、花井汐の接見に同席してたの?」
「えっ、あ、俺は」
そのまま唇を噛むようにして、押し黙ってしまう。
誰から手に入れたのかわからないけど、ガムをかさかさと開きながら、修司は先に会議室に入って行った。
その背中から視線を戻すが、司酒長は話す気配はなさそうだ。
「どうせわかっちゃうんだから、先に言っちゃえば良いのに。独房、お掃除しておいたほうが良いんじゃない? 自分の過ごしやすいように」
独房、という言葉にびくりと肩を揺らして、大沢司酒長は怖いほどの真剣な表情で、今度はまっすぐに視線をぶつけてきた。
「な、何」
「広瀬尚書長閣下」
目の強さの割りに、声色は辺りをはばかるかのように小さい。
ちらと振り返って、モップと救急箱を持つ生徒たちに「先に行け」と合図を出した。
生徒たちはまたそれぞれに頭を下げてから、廊下の先にある階段を下りて行った。
姿がなくなるのを確認してから、大沢司酒長は意を決したように、喉をつまらせ、続けた。
「広瀬さま。王軍長閣下を独房から出していただけるよう、お取り計らいをお願いします。少し勝手な行動だったかもしれませんが、花井汐の接見をしたのも、陛下を思ってこそなんです」
東原王軍長を庇う言葉に、大沢司酒長が王軍で重位にいた理由がなんとなくわかった気がした。
王軍長の浮名は、水面下では知らない者はない。
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