聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
司酒長は一人部屋で、小さいがバスルームもある。
天野さんの案が最適だと思った。
「俺も、部屋まで同行させて下さい」
焦るユズに、天野さんは「お願いします」と笑みを浮かべた。
天野さんの肩に置かれた右手が赤く腫れている。
その上に、鮮やかな赤い痣が、まるで花が咲いているみたいに浮かびあがっていた。
("聖痕")
本物かどうかなんてどうでもいい。
それに見えるものが確かに在るのだ、ということに、不安を感じた。
ざり、と細かい砂利を踏む天野さんが立ち止まって、また僕を振り返る。
「広瀬さま。呼んでくるように言われたのでした、聖王陛下から。『コクマの会議室に集まるように』と。入れ違いにならなくて幸いでした」
ではお先に失礼します、と残して、汐ちゃんを負った天野さんはケセドへ歩き出した。
ユズが立ち止まって、僕を振り返る。
心配してくれてるんだ、と思うと笑みが漏れた。
「僕は大丈夫だって。汐ちゃんのこと、よろしくね! ちゃんと看てあげて」
「──気をつけてな、高美。それに、ありがとう」
礼なんて言われる筋合い、ないんだけど。
一応笑っておく。
ユズも笑い返してきた。
踵を返して、天野さんを追いかけていく。
そのユズとすれ違いざまに、天野司酒長の背中に視線を縫いつけたまま、のろのろと歩いてくる制服姿の生徒が近づいてきた。
スラックスのポケットに両手を突っ込んで、背中を丸めて。
川上修司(かわかみ しゅうじ)。
目が合うと緩慢に笑った。
いつ見ても、嫌な感じのする笑いだ。
「修司。ネザクに住んでるにしては、来るのが遅いんじゃないの? ケセドの僕でさえ着いてんのに」
声をかけると修司は小さく声を立てて笑った。
「だってもう、ヒマだから寝てたんだもんさ。出るのにまず、着替えなきゃなんねえしさ。
こんな面白いことが起こってんなら、誰か起こしてくれれば良いのに。侍従長(じじゅうちょう)ってつまんねえな、数字仕事ばっかでさ。現場仕事ないし、家でやるのばっかじゃん」
呆れた物言いに、僕は何の相槌も浮かばず、無言で修司を見返した。
「そういや、王軍長閣下が殴られたんだって? へへっ……堀切閣下の昇格も近いんじゃねえ? あ、でも東原王軍長閣下は陛下のお気に入りだしなぁ。
俺もどうせ聖王会なら、王軍が良かったなぁ。兵隊でもいいよ、デスクワークよりかはさ」
寝起きにしてはぺらぺらと流暢な話に「不謹慎だろ」と制しながら、スリッパに足を差しいれた。
コクマの廊下はぴかぴかに磨き上げられている。
あいかわらずしんと静まり返っていて、不気味な空気をかもし出す寮内を、僕と修司のスリッパの音だけがぺたぺたと響いている。
「コクマの皆さんは、そろいもそろって寝つきが良すぎんじゃねえ? まぁ、聞き耳立てるには、基本静かじゃねえとなぁ」
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