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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
2
 もっと言えば、聖王会幹部であるというだけで、十分大きい。

(僕はそんなの要らないけど)

 とにかく、と談話室のソファを立ち上がった。

 ほぼ同時にユズも立ち上がる。
 その表情は固い。
 多分、僕の様子から、自分の質問の答えを見出したのだろう。

 尚書長 広瀬高美が出していない尚書によって、花井汐が聖王会の誰かに呼び出しを受けた。

 花井汐は誰にも相談することなく、一人で出向いて行った。
 普段頼っているように見えるユズにさえも相談せずに行ったのは、多分僕がユズの友人だからだ。

 面倒ごとに巻き込みたくないという配慮なんだろうけど。

「もう十分、面倒なんだけど。
 コクマに行くよ、ユズ。僕は尚書院トップの面目を取り返しに行かないとね」

 濃い藍色の空の下、コクマ寮に行く道はどうしてか騒がしかった。
 透りすぎるネザク寮の前もざわついていて、ジャージを着て寝る準備に入っていたような生徒までもが、好奇や不安の色を抱えて外をうろついている。

「コクマで……」
「聖王陛下が、堀切副王軍長と兵隊……」
「接見……」

 さすがに聖王本人が出入りしているネザクでは、聖王が出て行った様子を見た者も多くて、ケセドに比べて情報が回るのが速い。

 隣を走っていたユズの顔色が悪くなる。

「"接見"!? 接見があったのか? なんで、汐が? 知ってたのか、高美」

「知らない。これ以上は聞かないで」

 尚書院の問題に触れる。
 ユズを王軍に引き渡したくない。

 ユズは納得いかないと言いたげな顔をしていたけど、僕にも何か問題があったことだけは察してくれたようで、ふいとコクマに視線を移して走った。

 コクマに着いた。
 ネザクと違って、コクマからは生徒は一人も出ていない。

 聖王が王軍を連れて入ってきた現場に、好奇の目をしてうろつく馬鹿はいない。

 閑散としたコクマの玄関に姿を現したのは、天野司酒長だった。

「天野さん! ……汐っ」

 ユズが慌てて駆け込んでいく。
 天野司酒長の背中に、花井汐は負われていた。
 力の抜けた手足に、ぼんやりと開いた目。

 僕のほうに近づいてきた天野さんは、なにごともなかったみたいな落ち着いた顔をしていた。

「広瀬さまに譲くん。来てくれたんですね」

「汐ちゃんは……大丈夫……?」

 出てきた声が少しかすれていた。

 多分、息切れのせいだ。
 動揺なんて、してない。

 天野さんはちら、と背中を振り返ってから、すぐに視線を僕とユズに戻した。

「当然ながら、吃驚したようです。今夜は僕の部屋で休んでもらうことにします」

 ユズは一瞬「えっ」と言葉を洩らしたけど。

 見たところ、負われた制服が何かに濡らされている。
 いつもくせっ毛でふわふわしている髪も、額にべったりとくっついていた。

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