聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
大沢司酒長を振り返って「花井くんに、何か飲み物を持ってきてあげて」と悠長にも聞こえる注文を出している。
飲み物なんて要らない。
出て行く大沢司酒長の背中を見送りながら、その後を追いたい衝動に駆られていた。
一刻も早く、ここから出たい。
「聖痕。なぜ消える? 自分で、描いたり消したりしてるの?」
まっすぐに見据えてくる王軍長を前に、ふるふると首を横に振った。
描いていない。
そんなことするわけない。
意味がない。
「じゃあ、なんで出たり消えたりするんだよ? そんなのって、聖痕って言える? それで明石の気を引いてるわけ? こんなもんで、聖王会の席次まで、ねだってるわけ? 図々しい!」
衝撃で、肩がびくんと揺れた。
東原さんが、握った僕の手をテーブルの表面に叩きつけたからだ。
痛みは感じない。
じん、と痺れたように、熱くなってきた。
血管をどくどく流れていく感じがわかる。
アカシ……? 何の話?
どうして東原さんがこんなに怒っているのか、まったくわからない。
だけど東原さんの話で、一つだけ頭の中に響いた言葉があった。
『アカシ』
嫌だ。
(嫌だ、やめて。思い出したくない)
こめかみが痛んだ。
嫌だ、考えたくない。
アカシって何?
どうしてこんなに怖い?
テーブルで痺れていた手を、ゆっくりと引いた。
少しずつ感覚が戻って、痛みが伝わってくる。
もう片方の手で包むと、じんわりと熱を帯びてきたようだ。
止めたいのに涙が浮いてくる。
「違う……僕は何も、知りません。せいこんのことも……アカ……アカシのことも……僕は知らな……」
ジュースを手にした大沢司酒長が戸口を入ってきたのと、東原さんが怒りに任せてすっくと立ち上がったのが同時だった。
僕は東原さんに襟元を掴まれて、近づきつつあった大沢司酒長の手からひったくったジュースを顔にぶちまけられて、床へ突き飛ばされた。
「明石を呼び捨てにするな!」
烈火のような怒りに任せた東原さんは、床から立ち上がろうとする僕の肩を蹴り上げた。
抵抗する気はない。
理由はわからないけど、怒りが収まるまで僕の話を聞いてくれそうにないことだけはわかった。
おとなしく再び床に転ぶと力が抜けていった。
(『呼び捨て』? アカシ……アカシ……誰?)
ようやっと席から立ち上がった鷹宮さんの靴音が近づいてくる。
ぴかぴかに光る靴には、天井のシャンデリアが映っている。
どうでも良いことに綺麗だ、と過ぎった。
「王軍長、やりすぎ。戦闘モードの猫みたいな顔すんの、やめたまえよ。
堀切副王軍長でも呼んで来てもらおうかなぁ。君、いちいち感情的で面倒くさい。副王軍長のほうを呼べば良かった」
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