聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
2
中には数学のテキストとノート、ペンケースを入れておいた。
朝、尚書が届いた後に準備したものだ。
多分、約束の時間には譲も部屋にいるだろうと思って、部屋を出て行く言い訳に「自習室に行く」というのを考えていたから。
まったく杞憂だったみたいだと、主のいない譲の机を見て、笑いが洩れた。
部屋の鍵を閉める。
まだ人の出入りが頻繁なこの時間、何人かの友達に手を振って、ケセド寮を出た。
細かい砂利を踏む音、消灯になる前の自由時間、騒ぐ寮生たちの声。
寮が街中にない理由をなんとなく考えながら、ネザク寮の前を通り過ぎた。
三つの寮のうち、はっきりしない話だけど階級らしいものがあることに気づいたのはごく最近だ。
聖王が寝起きする、ネザクが一番。
次はコクマ。
最後がケセド。
同じ"寮長"という立場だと思っていた司酒長という役職も、三人のうちではやっぱりネザクの司酒長が一番偉い、ということらしい。
一般的に考えれば、寮に階級があること自体ヘンだし、寮長は寮長以外の何者でもないと思うんだけど。
(ヘンな学校、だよね)
コクマ寮の前でふうと息を吐いた。
この学園に編入を薦めてきた叔父の顔を、少し間、思い出した。
(ところで会議室、二階のどこだったっけ)
制服のポケットに地図を入れておいたはずだと、手を差し入れた。
……ない。
落とした?
くる、とケセドのほうへ振り返ってみる。
辺りは暗くて、とても紙一枚を見つけだせる時間じゃない。
まぁ入ってから聞いてみればいいか。
約束の時間までもすぐなんだし。
コクマの玄関ドアを開くと、この時間に制服姿の生徒がこちらを向いて立っていた。
学年章は三年生。
しっかりした体躯にこの顔は、どこかで見たような気がした。
「ケセドの一年生、花井汐か?」
表情を変えない、業務的な聞き方だ。
「はい、あの……」
「俺は三年の大沢良樹。コクマ司酒長をしている。聖王会から、花井が来ることは聞いている。会議室まで案内しよう」
「あ、ありがとうございます」
コクマのスリッパに足を差し入れて、ぴかぴかに磨かれた廊下を進んだ。
ケセドの賑わいが嘘のように、寮内は静まり返っている。
どこの寮も似たようなものだろうと思っていた想像がはずれて、少し居心地の悪さを感じた。
居心地が悪いと言えばと、先を歩く大沢良樹司酒長の背中を見た。
案内をしてくれるのはありがたいんだけど、玄関から二階の廊下にいたる今まで、自己紹介を除けては一言の口も利かない。
表情は厳格で、きゅっと引き結んだ唇は、何を言っても返事が来なさそうに見えた。
こちらから話題を振って和むような雰囲気にも思えず、結局僕は黙りこくったまま、コクマ司酒長が一つの部屋の前で立ち止まるまで、背中を追って歩いた。
大沢司酒長が「ここだ、入れ」と示した部屋には、シンプルに『会議室』とだけ書かれてある。
尚書に示された場所だと思うと、勝手に唾液が下った。
「失礼します」
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