聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
7
ついと視線を上げる。
取り囲んでいる一般生徒たちは、皆一様に不安を隠せない表情で遠巻きに王軍を見つめている。
俺自身も目覚めきっていない朝のこと、一人一人の生徒の顔など認識することもなかったが、一人だけ睡魔を凌ぐ好奇心を掻きたてる者があった。
「梅……王軍長閣下? どこへ行かれるんです」
退却する軍から一人離れて、つかつかとくだんと生徒に歩みよる俺の背中に、良樹が慌てたような声をかけながら近づいてくる。
くだんの生徒は一瞬目を見張ってから、怯えたような表情で視線を外した。
鞄を持つ、手。
袖口から見える皮膚に、目が釘付けになってしまっていた。
彼の前にひたと足を止め、凍りついたように固まるその手を取った。
学年章は一年生、クラスはケセド。
小さめの体に新しい制服は、まだ大きいようだ。
確認しながら、ぐいと彼の袖口を引き上げた。
瞬間、小さな抵抗があった。
驚いたのか、掴まれた手を引き抜こうとする力だ。
だが、その抵抗を逃しはしなかった。
手の平、甲にうす赤く浮かぶ痣が、朝日の中にはっきりと見えた。
本人も気にしているのか、見られたという事実が体の力を失わせているようだった。
「君が、花井汐くん?」
乾いた口元から出た自分の声は、意外に柔らかかった。
突然見知らぬ上級生から名前を呼ばれた花井汐は、驚いた顔をして、今度は視線を合わせてきた。
泣きだしそうな赤い目元だが、合わせた視線を外さないまま「はい」と答えた。
握ったままの手を引いて、"聖痕"を見つめる。
うす赤い奇跡の徴は、ただの怪我の痕にも見えた。
「なんだ、薄いの。綺麗な顔してるのに、こんなのが手についてちゃ興醒めってところかな、可哀想に」
「見ないで……下さいっ……」
そらそうとする視線。
あごを捕まえて、今度は顔を近づけて見た。
確かに綺麗な造詣をしている。
閉鎖された校内で、近づきたがる輩が出ているらしい話も、デマというわけではなさそうだ。
「お人形みたいな顔って聞いてたけど、君はミルク飲み人形ってとこだね」
背後の良樹を振り返って、生徒たちの輪を抜けた。
ざわざわと静寂を破る人の声が、緊迫していた空気を元に戻していくようだ。
花井汐も、日常に帰っていけただろうか。
足元に沈めていた視界に、嫌味なほど磨かれた靴が入ってきた。
「ご苦労さま、王軍長」
王軍を横切ることができる者は一般にはいない。
面倒だと思いながら、目線を上げるとどこにまぎれていたのか家令・鷹宮雅臣が立っていた。
良樹にはずせ、と小さく言うと、すみやかに退いていく。
登校していく生徒たちに混じって、下足室へと吸い込まれて行った。
もうすぐ始業だ。
ちら、と雅臣を見やるが、彼のほうはまったく急ぐそぶりも見せていない。
「君も、気になるんだね? 花井汐が」
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