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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
6
「東原っ……」

 欠伸で出た涙の視界に、ブチ切れそうな茂孝の表情がにじんで見える。

「眠いんだけど。言いたいことがあるなら、頼りにしてやまない明石に聞いてもらえば? 君も寝物語に、王軍長の地位をねだってみるといい」

 眉間に皺を刻んだまま、茂孝は馬鹿にしたように口元を歪めた。
 笑ったのだと気づくには恐らく、つきあいの長さが必要だろうと思うような。

「何それ。東原の話?」

「……どうとでも」

 面倒だった。
 売り言葉に買い言葉の応酬に、意味なんて必要だろうか。

 投げやりな返事に意欲を失くしたのか、茂孝はぷいときびすを返した。
 薄暗い廊下に浮かび上がる背中を見ても、怒っているのがわかるような歩き方だ。

 部屋のドアを閉めると、ベッドサイドの灯りが妙に気になった。
 明るすぎる。
 さっきからこんなだったろうか。

 光を絞って、羽織っていたガウンを脱いだ。

 まっすぐバスルームに向かう。
 熱めのシャワーを頭からかぶりながら、唇が勝手に「どうでもいい」とつぶやいた。

 どうでもいい。
 獲得するための手段など、どうでも。
 大切なのは手段じゃない。
 大切なのは――

 ふと上げた視線の先に鏡があった。
 当然のことながら、湯をかぶったずぶ濡れの自分が映っていて、迷いの色を抱えた視線が合う。

「茂孝に言ったセリフを、自分が気にしてどうするっ……」 

 壁を叩いたこぶしが湯水を跳ねかえし、びしゃりと不快な音を立てた。









「確保!」

 兵隊の一人が挙げた勝ち鬨に、のろのろと足を進める。

 校庭の噴水前。
 時刻は朝、朝練のない一般生徒たちがまだ重いまぶたを抱えて登校してくる時間だ。
 彼らは、迷路のような薔薇の垣根を抜けたあと、王軍旗を目の当たりにすることになる。

 ちらちらと風に揺れる王軍旗には、聖風金獅子。
 兵隊の腕章にも同じ紋が刺繍されてある。

 彼らは一般生徒たちが遠巻きに取り囲む中、たった一人を追いかけ追い詰め、ついに捕縛した。

 どのみち、逃げ道なんてない。
 どんなルートを辿ってみようが、校内に王軍の手の届かない場所はない。
 いずれ捕まることがわかっていて、逃走を続けるときの気持ちはどんなだろうかと、地面に頭をこすられる逃走者を見て、ぼんやり思った。

「宣誓をさせろ」

 良樹が兵隊の一人の合図を送ると、逃走者のそばにひざをついていた者がその頭を引き上げた。
 別の者が持ってきた宣誓書にある文章を、たどたどしく読み上げる。

 内容は単純だ。
 自らが択ってきた誤った道すじを、聖王会の指導で改め、神の道しるべに従うというものだ。
 宣誓は独房から出されるときにも行われる。

 声に出すことが終わったら、尚書にサインをして完了だ。
 作業を終えた一同は、当人を連れてコクマ寮へと戻っていく。

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