聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
「はいっ……!」
上機嫌になった良樹が寝間着の上にガウンを羽織り、ドアを開きかけたその向こう側に、話にあがっていた堀切副王軍長が、制服姿で立っていた。
出会い頭に、良樹はびくりと顔を強ばらせる。
「堀切副王軍長っ……」
堀切茂孝はじろりと良樹に視線をやってから、その肩を飛び越して俺に目をくれた。
一瞬合致した目線をついとはずして、まだ開いたドアで固まっている背中に「良樹」と声をかけた。
緊張を隠さないまま振りかえる良樹に、にこっと笑みを作る。
「帰っていい。明日のためにゆっくり休んでくれ。……そうだ、一つだけ言っておく」
「な、何でしょうか。閣下」
「俺を抱いている時は声を出すな。出しても、俺に聞こえないようにしろ」
「!……は……」
堀切茂孝と俺、両方の間で顔色を赤に青に変化かせ、頭を下げた後、ばたばたと廊下を駆けて行った。
可愛そうに、今夜は眠れやしないだろう。
堀切茂孝は面倒そうに金獅子の腕章を弄びながら、良樹の背中に目をやっていた。
「コクマ寮には消灯ってないの? 王軍長閣下」
「消灯の見回り行ってたの? 副王軍長は真面目だね。ネザク寮司酒長でもあるのに、ここにいるってことは、ネザクとコクマ、両方回ったってこと? ご苦労なことだね。
で、違反者はいた? いたんなら、明日にでも会議にかけないとね」
茂孝はドアの間を両肘で押さえて、じろりと見据えてくる。
「ケセドは兵隊二人と天野司酒長が回った。問題ない。ネザク、問題ない。コクマで消灯していないのは……ここだけだ。
さてどうする。王軍長自ら、尚書長にサインしてもらうかい?」
くそ真面目な言いように、鼻の奥が鳴った。
恐るべきことに茂孝というヤツは、王軍業務を"自分の意思"で遂行しているのだ。
明石のためでも、聖王会のためでもない。
聖風生徒にとって、これが正しいと思っての行動だ。
自らを正義と疑わないことを、恐ろしいと過ぎらせたりはしないのだろうか。
「副王軍長が尚書長を動かせると思うなら、やってみれば?」
茂孝は「ち」と舌を鳴らした。
高美は位を重んじる。
尚書長は副王軍長には応じない。
ありがたいことに、その認識だけは茂孝のそれと一致したようだ。
「時に東原。明朝、狩る者があると小耳に挟んだが?」
「あるけど、茂孝は来なくていいよ。使えるヤツを使うから」
茂孝は一瞬絶句してから、眉をつり上げ、怒りに任せてドアを一度叩いた。
威嚇のつもりだろうが、その手には乗らない。
「副官をすっ飛ばすつもりか? 寝物語に地位を与える約束でもしたのか、王軍長の地位を笠に着て好き放題しやがって。
俺の言ってることが理解できないなら、明石の口から言わせてみるか?」
流暢にまくし立てるセリフは、立て板に水といったところか。
茂孝の語調にかまわず、欠伸を吐いた。
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