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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
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「時に、王陛下。春先に編入してきた一年生で、花井という生徒をご存知ですか?」

 鷹宮雅臣(たかみや まさおみ)が出した"花井"という名前に、同席していた聖王会の面々が一様に眉を上げた。

 いや、面々というべきか、その時の会議室にはメンバーが一人足りなかったが、まぁそれは深く気にすることじゃない。
 会議と名がついていても、全員がすべてを投げだして集まってくるわけじゃないのだ。

 ちら、と向かいの席の主を見やる。
 花井と同じ一年生で、同じケセド寮で寝起きしている尚書長・広瀬高美には、耳新しい名ではないはずだ。
 そのくせ、雅臣のセリフには答えるふうでもなく、頬杖をついたまま書類に視線を落としている。

 ネザク寮会議室。
 別名、"聖王会会議室"。

 今では別名が通っていて、聖王会以外の団体がこの部屋を使うことは、ごく稀だ。
 片面がすべて窓になっていて、見晴らしは良いが、見える景色はグラウンドにテニスコートと、変哲ない。

 足元を邪魔しない絨毯に、テーブル。
 聖王会メンバー数のソファ。
 上座の後ろには聖風章である金獅子旗が、壁一面に貼られている。

 その上座に腰かけているのは、無論、聖王会聖王・森村明石(もりむら あかし)だ。
 明石は一見冷たくも見える切れ長の目で、視線を家令(かれい)である雅臣へ視線をやって「ハナイ? 誰?」と、聞き返した。

「別にっ……、何ら特徴のない生徒だよ」

 しまった。
 雅臣に聞いた質問なのに、つい口から突いて出てしまった。

 明石、雅臣、高美の三人が俺を見る。
 雅臣が「王軍長、知ってたの」と笑った。

「知ってたの」も何も。
 雅臣は、ここにいる全員が"花井汐"を情報として知っていることを知っている上で、話題を提供したに違いないのだ。
 まったく、嫌らしいヤツだ。

 でも、発言したことじたいはマズいことでもなかった。

 明石が俺を、見てる。
 冷たい切れ長の目で――。

「梅。知ってるの?」

 俺に、話しかける声色。

「知ってる。でも別に、明石が目に留めるようなヤツじゃない」

 言いながら、指でカップの手をいじる。

 明石の視線に心地よさを感じながらも、内心雅臣を恨みがましく思っていた。
 まったくどうして、花井汐の話なんか持ち出すんだ。
 『可愛い』と密やかに噂される花井汐の名前なんて、明石の耳には絶対、印象づけたくなかったのに。

 雅臣は、俺が睨みつけているのを知っていて視線を合わさない。

「花井汐には、"聖痕"があるそうですよ」

 聖痕!?

 俺がカップをひっくり返しそうに指先を揺らした時、向かいで高美が紅茶をテーブルに流した。

「わっ……ごめんなさい!! あー!! 鷹宮さまの下さった下書きが、紅茶まみれにっ!!」

 完全に声変わりしきっていない高美の、甲高い声が響く。

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