聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
2
理由はよくわからないが、怒っている高美を前に、これ以上汐の話を進めるかどうか迷っていると、高美のほうから「それで?」と睨みつけるような目つきで促してきた。
なんなんだよ、もう。
高美の言うとおりにしないと、また怒られそうで。
しどろもどろしながら続けた。
「それで……。迎えに行ったんだけど、おまえの言うように余計なお世話だったらしくて。俺の顔見るなりびくびくしてる汐の手を取って、風呂場を出かけたんだけど」
「何。抵抗でもされた?」
ザマミロと笑う。
俺は自分の手の甲をじっと見た。
それから裏返して、手のひらを。
そうやって、風呂場で見たあれを頭に映像化しようとした。
「手のひらと手の甲に、大きな、濃い赤の痣があった。右左、両方に」
高美は怪訝そうに、今までとは違う目元のゆがませ方をした。
「手に痣? 両方?」
「そう、両方。けど今まで、そんなの気づかなかった。気づかないなんて変じゃないか? あんなに鮮やかで、大きい痣」
高美は今までの、ちょっとふざけたような表情を納めて、ソファに座り直した。
「『あんなに』って言われても、僕は現実に見ているわけじゃないから、何とも言えないけど。
痣は手だけ? 足と腹には?」
高美の奇妙な問いに、俺は首を横に振った。
足と腹って?
「俺が迎えに行った時にはもう、ジャージ上下に着替え終わってたから、足首と腹にあるかどうかはわからない。手だって俺が引っぱらないと、袖口に隠れて見えなかった。
それにしても、昼間見えない痣って、ありうるかなぁ」
まぁ、痣があろうがなかろうが、どうでも良い話なんだけど。
汐が皆と風呂に入ろうとしない理由が、あの痣を気にしてのことなんだったら、「そんなことでからかったりするヤツなんかいない」と言って、安心させてやりたい。
そんなことより、高美が変だった。
ソファに片膝を立てて、思案するふうだ。
ケセド全体に、トロイメライが流れた。
消灯だ。
「広瀬さま、おやすみなさい」
「お先に失礼します」
談話室にいた寮生たちが一様に、高美に挨拶していく。
俺と話しているからか、少々遠慮がちだ。
それぞれに「おやすみぃ〜♪」と返していく高美は、さっきまでとは別人のように愛想が良い。
("尚書長"か)
面倒な肩書きだな。
高美はソファから体を起こすと、立ち上がって伸びた。
「さて。寝るとしますか。トロイメライも鳴ったことだし、王軍長の兵隊がうろつく前にね」
"王軍長"。
高美の言った台詞を脳裏でくり返す。
囚われないように、だが忘れることのないように。
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