聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
(ズボン、早く履かなきゃ……誰か来る前に)
誰にも見られてはいけない。
跳ねのけるべき行為を逆に求めてしまう、こんな、浅ましい姿を。
人影が僕の転がっている書棚に挿した。
「汐くん?」
天野さんだ。
一度熱に支配された体は、なかなか冷めてはくれない。
ぎゅっと目を閉じると、涙粒がぱたぱたと床に落ちて行った。
貧血か何かで倒れたんだと思ったのか、天野さんは慌てて近づいてきて僕を膝に抱えた。
「汐くん!? どうしたんですか、どこか痛いところはありますか?」
違う。
そうじゃなくて。
「離して、大丈夫……」
触らないで。
――触って。
気づかないで。
――気づいて? 誘ってるんだよ?
――早く、もっと触れて、僕の熱を高めて、一緒に……
天野さんの手が僕の額に触れた瞬間、びくんと何かが駆け抜けた。
「だっ、もう、大丈夫ですっ!!」
天野さんを押し戻して、すっくと立ちあがった。
息は上がったままだ。 膝をついたまま、天野さんは吃驚した顔をしている。
「熱がありそうだけど。念のために保健室に……」
「ううん、大丈夫です。あの、失礼します……!」
あんなに動けなかった足が、天野さんから逃げるためなら軽く動いて。
図書室を抜けた僕は、教会の裏まで一気に走ってきた。
体は収まってきた。
まだ完全じゃないけど。
石段に腰を下ろして、ひんやりとした冷たさを味わった。
このままもっと冷やして、高ぶった神経を落ちつかせてくれたら。
「ふ……ぇっ……」
一人になったら安心したのか、涙が止まらない。
一通り泣いてしまわないと、落ちつかないみたいだ。
(煙草の匂い……)
すん、と鼻を鳴らして顔を上げると、正面の木に背中を預けて、煙草を吸っている生徒がいた。
着崩した制服と眼鏡。
初日に、正門で会った人だ。
(だっ、誰かいるなんて思ってなかった!)
慌てて、手の甲で目元をこすった。
彼は砂粒を鳴らしながら、石段に近づいてきた。
「何泣いてんの?」
「……何でも……」
「くわえられて、舐められたから? ああ、達けなかったからか?」
「!?」
さらっととんでもないことを言った彼は、石段の上、僕の隣に腰を下ろして白煙を吐きだした。
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