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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
 今更ながらに、あの晩懐中電灯を手に、変な緊張感を漂わせていた譲の気持ちがわかった気がする。

「汐ー、もういっか?」

「うん」

 行くぞ、と吐き捨ててくる不機嫌な声を追いかけて、宮殿校舎に足を踏み入れた。










 放課後。
 耳を澄まさなければ聞こえないような音量で、ゆるやかなバイオリン独奏曲が流れている。
 初めて来た図書室だったけど、表示が詳しいし、ほぼ迷うこともない。

 ただ図書室が入っている特別棟は、また隣が食堂棟で、匂いの誘惑に屈しないことが第一の目標だ。
 人の入りは多分多めだと思う。

(神父さまのお話、全然わからないんだよね……)

 ふう、とため息を落としながら、グレーのカーペットの上を進んだ。
 本ならミステリーが好きだけど、今は聖書ガイドでも読んで、少しは勉強したほうが良いのかもしれない。

 宗教の書棚を探して歩く。

(あれ?)

 一番端にあるはずの宗教がない。
 あるはずの場所には、歴史本が並んでいる。

「すみません、宗教関係の本はどのあたりに置いてあるんですか?」

 カウンターの向こうにすわっていた先生が、「ああ、編入生?」と思い当たったような顔をして立ちあがった。

「学園の色というべきか資料が多すぎてね。宗教は、書庫を作ってあるんだ。書庫と言っても鍵をかけているわけじゃないから、自由に閲覧してくれてかまわない」

 先生は図書室に隣接している教室のドアを指した。
 ドアの上にあるプレートに、『宗教 書庫』とある。

 お礼を言って、書庫のドアを開いた。
 そんなに広くはないスペースに、ずっしりした木製の本棚が所狭しと並んでいる。
 片側の壁が窓になっているものの、日焼け防止のためか、カーテンが引かれていて中は薄暗い。

 スイッチを操作して、ドアの手前側にだけ灯りをつけた。

(資料がありすぎて、何を選んだら良いかわからない)

 なるべく初心者でもついていけそうな、簡単なのが良いんだけど。

 新しい本と古い本が混ざった書棚を、指の腹で軽く撫でながら奥へと進んでいく。
 毎日朝夕に説法に触れているせいか、わざわざ宗教書庫にやってくる生徒なんていないみたいで、部屋は僕一人の貸切みたいだ。

 一番奥の書棚まで行って、振りかえる。
 資料って、たくさんあるからって便利ってわけじゃないよね。

("たくさん"の中から自分に合ったのを選ぶ能力って言うかさぁ……)

 書棚から一冊引きぬいて広げてみるけど。
 何書いてあるのか、絶望的にわからない。
 うつむいたまま、ため息が出そうになる。

「…………」

 視界に本。

 本を支える、両の手。
 ……手のひら。

 ……早く、忘れるんだ、すべて。

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