聖王の御手のうち(本編+SS/完結) 1 教会への道。 聖風学園の桜は、四月の終わりまで咲かないのだ、と基山譲は目をこすりながら言った。 まだ欠伸が出そうだ。 早朝、譲の目覚まし時計が、けたたましい音を立てたけど、その持ち主は一向に起きる気配がなくて。 僕は仕方なく、ウサギをベッドに置いたまま、譲を起こした。 朝礼拝の時間だった。 「『二度とかたくなになってはならない。貴方たちの神、主は、神々の中の神、主なるものの中の主、偉大にして勇ましく』――」 壇上で聖書を朗読する生徒の声で、目が覚めた気がする。 低くもなく高くもない、よく通る声だ。 神父さまは毎回、モリムラタカシと彼の名前を紹介した。 僕以外の生徒は、彼を知ってるみたいで、特に気にした様子はなかった。 礼拝は朝夕と一日に二回ある。 僕がこの学園に入ってからは、毎日モリムラタカシという名の彼が朗読役をつとめている。 (何年生だろう) 前に出て朗読するぐらいだから三年生かな、なんて思っていたら、肩に隣にすわっていた譲の頭がもたれかかってきた。 まだ眠気から覚めていないらしい。 (もーっ。僕だって眠いのにっ!!) ちょっと強めに肘を小突いて、起こしておく。 一瞬ぐらりと揺れてから、目が覚めたらしい譲は姿勢を正した。 僕らの様子を見た寮生がうつむいて笑いに耐えていた。 聖風学園では、寮とクラスが同じだ。 ケセド寮生は、クラスもケセドクラスということになる。 クラスごとに分かれてすわる、この朝礼拝にも、広瀬高美くんは同じ場所にいなかった。 彼がいるのは壇上。 朗読をしている生徒の後ろに、パイプいすが横に五つ並んでいて、内四つにそれぞれ生徒がすわっている。 高美くんはその末席にすわって、朗読している生徒のほうへ視線を向けていた。 (尚書長の高美くんが、あの場所にいるってことは、もしかしてすわってる人全員が聖王会の人ってこと?) 後で譲に聞こう。 ふう、と息を吐く。 聞こう、と思うことはたくさんあるんだけど。 いざ譲としゃべる、という時には忘れていることが多い。 どうでもいいことで笑って、後で「あれ聞くつもりだったんだっけ」と思い出したりする。 礼拝が終わると、生徒たちは寮には戻らず、直接食堂棟に向かう。 食堂棟はちょうど教会の裏手にある。 神父さまの説教を聞いていると良い匂いが漂ってきて、おなかの音をごまかすのに忙しくなる。 譲はたまご焼きを口に入れてから、ああとうめくように言った。 「壇上のヤツらが聖王会の面々だよ。朗読してたのが、聖王――つまり、会長ね」 「へえー、あの人が会長……じゃなくて、聖王殿下……」 「"殿下"じゃなくて"陛下"」 その呼称って、本当に使われている所、見たことないけど。 豆腐とワカメの味噌汁をすすりながら、そんなことを思う。 [次へ#] [戻る] |