聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
4
葵の手から受け取った紙袋に手を突っ込んで、煙草をくわえた。
すかさず、綺麗な指先が火を差し出す。
俺は白煙を飲みながら、ファイルに閉じられた企画書に目を通し、赤を入れた。
「ねぇ。花井の坊ちゃん、来たんでしょ? この学園に。もう寝た?」
葵は暇そうに、俺の紙袋から煙草を抜き取ろうとした。
その指から煙草を取り返しておく。
「ケチねぇ。あたしが持ってきてあげてるのにさ」
「葵が持ってくる分しかないんだから。自分のを吸えよ。俺は可哀想な獄中者だぜ?」
綺麗な口紅に彩られた唇が笑う。
「豪奢な檻ですこと。きっと、プラチナ製だわ」
へらず口を叩いて、赤の入った企画書を受け取る。
きっちりケアされた爪先にページをめくらせては、眉間を寄せた。
「直したらまた持ってこい」
携帯灰皿に煙草を押しつける。
葵はその手元を見つめていたが、「わかったわ」と返してファイルを閉じた。
「ねぇ、明石。まだ坊ちゃんと寝てないんでしょ? あんなに毎晩まわさせておいて、ヘンなとこ、純情よね」
「……まじめに動かないなら、首を花井芳明に挿げ替えるけど」
葵は眉をしかめた。
わかっているはずだ。
俺の指示が降りないと、自分も『フォレスト』も潰れるしかないということを。
美しい容姿も含めて、すべてを手放すことになることを。
過去、花井が潰れたように。
「ハイハイ、御意のままに」
ヒールのかかとを返して、葵は落ち葉を踏みしめて行った。
振り向かないまま、企画書ファイルをひらひらさせた。
(“御意のままに”か)
前にも聞いたと思ったら、確かセリフの主は堀切茂孝だ。
聖王会人事はうまく行ったようだし、後は“姫”の件だけだ。
「……誰だ」
人の気配を感じて振り返ると、雑木林の木陰に汐が立っていた。
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