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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
2
 木陰に身を潜めていると、すぐ横に足音が聞こえた。
 派手な色のスーツを身にまとい、綺麗に伸びた脚を強調するミニスカートが印象的な、若い女がそこに立っていた。

「……誰だよ、あんた」

 女は花井夫人のほうに視線を縫い付けたまま、俺の横に膝をついた。

「あんたさぁ、森村明石でしょ? お父さんによく似てるわ」

 俺を捨てた父に似ていると言われても、どう思って良いのかさっぱりわからなかったが。
 俺は彼女が俺の質問に答えるのを待った。

「あたし、三森 葵。お父さんの愛人だったのよ。ついでにお父さんに、お金貸してたんだ。それ返してほしいと思って、今夜はあんたが住んでるって花井屋敷を覗きにきたわけ。
 まぁ、そしたらあんたが、他人の情事を覗き見してたってとこなんだけど」

「親父の金なら、一円もないぜ?」

“父の愛人”を名乗る女に会うのは、これが初めてじゃない。
 ただし、これほど若くて小綺麗な女は初めてだった。
 本当にこんな女が、あんなくたびれたボロ雑巾みたいな男の相手をしていたんだろうか。

「じゃあ、あんたがあたしを儲けさせなさいよ。花井に稼がせてるのはあんただって、調べたのよ? 花井はやり手だと思ってたけど、実質は横にくっついてる、オマケみたいなあんただったのよね」

 顔に似合わず、計画をねるだけの頭はあるらしい。
 目的は親父の返金じゃなくて、俺か。

「親父があんたに、金借りてた証拠でもあんの? 親父の女かどうかの是非はどうだっていいけど、金の動いた話は裏づけがなきゃ困る。
 今はただでさえ、馬車馬なみに時間がないんでね。あんたみたいな、わけのわからない輩につきあう暇がない」

 可愛くないガキね、とつぶやいてから、三森 葵は綺麗に塗った唇を引き上げた。

「とりあえず、あたしたち組まない?」

「とりあえずって何だよ。俺に何の得がある」

「あるわ。第一にあたし、あんたを金の苦労から解放してあげられるわよ?」

「別に生活に困ってるわけじゃない」

 そうかしら、と葵は聞き返してきた。

「あんたはやっぱり子供ね。
 馬車馬のように働いて花井を稼がせても、今のあんたは一秒たりとも自由にはなれてない。自由にできる金は、あんたに自由な時間をくれる」

「…………」

「坊ちゃんをあんた一人のものにすることだって、不可能じゃないわ。やっぱり、人生には目標がないとね」

 もっともらしい御託を並べる葵に苦笑が洩れた。
 じゃあ、と提案するのを葵は頷きながら聞いた。

「あれは花井の妻だ。一緒にいるのは奥方の男。強請ってみろよ。できたら考えてやる」

 葵は笑った。
 見ていらっしゃい、と言うなり葵は立ち上がって、あっと言う間に花井夫人の前に姿を現した。

 狼狽する二人を前に、葵は何らかの話をつけると、二人が慌てて庭から去っていくのを見送った。
 おぼろげな月明かりの下、葵はうっすらと笑みを浮かべて振り返った。

「出てきて良いわよ、明石」

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