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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
3
 先日、東原元王軍長が花井汐に刃物を振り上げた一件を思い出す。
 あの時、堀切王軍長とともに花井汐を守った王軍兵が、滝川輝幸だった。
 事情を語って聞かせた、歯切れ良い口調が印象的だ。

 俺からすれば、王軍出身者より家令院出身者のほうが何かと都合が良いわけだが、『慣例』には俺も異論を唱える理由がない。

「わかった。“慣例”に従い、ネザク司酒長には王軍長人選を認める」

 ありがとうございます、と堀切王軍長が仰々しく頭を下げてから着席した。
 尚書長は一瞬笑みを浮かべてから、表情を消す。
 侍従長はといえば、端から興味がなさそうだ。

「次にコクマ司酒長席だが」

 侍従長がちらと視線を上げた。
 この中でコクマ寮寮生は、川上侍従長と俺だけだ。
 しかし、興味といっても『住人として』程度のものだろう。

「現ケセド司酒長 天野有帆に任じる。ケセドからコクマへは昇格になる。本人に異論も生まれまい」

 全員の顔が上がった。
 堀切王軍長以外の二人が、嫌そうに表情を歪めている。

 川上侍従長――コクマの住人――にとって真面目すぎる天野はうざったく、広瀬尚書長――ケセドの住人――にとって、現在ケセドに平穏をもたらしている天野を取られるのは惜しいのだ。

 真意はわかる気がするが、特に天野だけ名前を出してきた、聖王 森村明石の顔が脳裏をよぎる。

 尚書長が飴玉を頬に置いて、口を開いた。

「え。“任じる”ですか? 家令閣下が“推す”んじゃなくて?」

「天野有帆の人事に関しては、陛下より一任を受けている。異論がある者は?」

“陛下”の名を前に、場が鎮まった。
“コクマ司酒長”ではなく“天野有帆”だというところに、聖王の真意が入っている。
 侍従、尚書両長も、陛下の意思には黙る以外にない。

 最初から今日の人事会議で自由になる枠は、唯一埋まっていたはずの、今更決める必要もないと思っていたはずのケセド司酒長席だけだったのだ。

「最後に、空席になったケセド司酒長席だが。相馬一志を推したい。とくに寮生でもある尚書長に聞く。異論はあるか」

 相馬一志はケセドの三年生、天野司酒長の友人で元はルームメイトでもある。
 天野からの信頼も厚い。
 性格ははっきりしていて、正義感も持ち合わせていて少々うざったいほどだ。

 蛇足ながらつけ加えることといえば、相馬一志が家令院の人間であることぐらいか。

「相馬さんなら……寮生からも異論は出ないと思います」

 形式上、異論の有無を問い、問われたほうも答える。
 反映される可能性は薄いと知りながら。

 人事結果を書きとめ、書類をフォルダに差し入れながら、息を吐いた。

「あとは、“姫”の件が片づけば、しばらく議題はないな」

 フォルダをテーブルに置いて、コーヒーカップに手を伸ばす。
 中身はすっかり冷めていた。

「“姫”って決まる可能性あるんですか? 陛下が直接口説いているらしい話は聞きかじってますけど」

 川上侍従長が冷めたコーヒーカップの縁を舌で舐めてから、顔をしかめた。

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あきゅろす。
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