聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
1
珍しく聖王が俺の部屋まで訪ねてきたと思ったら「聖王会会議に出られない」ということだった。
学校側との会議がブッキングした時、そちらが優先になるのは当然のことだ。
そこで話し合われた事項が、再び聖王会会議に降りてくるのもいつものことだ。
俺は自分の部屋の戸口にもたれかかって、聖王 森村明石に向かって「了承しました」と返した。
切れ長の目が、無表情に見返してくる。
──汐。次は、天野司酒長かもしれないよ?
聞くともなしに聞こえた――いや、耳はアンテナを張り巡らしていたかもしれないが、飽くまでも無意識だ。
天野司酒長の名が出て、つい耳に意識をやってしまったのだ。
夕暮れの雑木林。
山の稜線に溶け込んでいった陽の朱色は、もう帰らない。
ナイフを向けられた後、びくびくと体を凍らせていた花井汐は、聖王から脅しめいた囁きを受け、ますます顔色を白くした。
次に盤上から消えるのは天野かもしれない……“花井汐の態度如何では”、といったところだろう。
俺から言わせてもらえば、天野司酒長が現在も盤上にいるのかどうかも怪しいものだが。
とにかく、同じ雑木林の中で以前、花井汐が俺に口止めしていた、
『花井汐が天野司酒長に好意を抱いている』という情報は、すでに聖王へ筒抜けていたということで間違いなさそうだ。
無論、聖王に情報を売ったのは俺じゃない。
花井汐が自分で暴露したか、聖王が眼鏡でも鼻に乗せて情報収集をしていたか、そこまでは知るよしもない。
(せっかく繋いだ、マリオネットの糸だったのになぁ)
王軍 滝川輝幸(たきがわ てるゆき)の報告にふんふん頷きながら、聖王の囁きが気になって仕方がなかった。
「で。今回の議題は、前回決めたもののままで良いですか、陛下?」
聖王は合わせていた視線を、一瞬書類に戻してから「かまわない」と短く返してきた。
予想通りの答えに頷き、話が終わりかと思っていると、切れ長の目が再び視線を上げた。
「司酒長の人事。……任せる」
はい、と返す。
『任せる』というのは、俺の意見を通して良いということじゃない。
聖王の意思を読み取って動け、という意味だ。
直接、指示を出してこないときの常套句にすぎない。
コクマ司酒長 大沢良樹が司酒長を解任されてから、不都合が起こっている。
東原梅路を巡っての事件は聞きおよぶ話だったが、堀切がしきっている以上わざわざ俺が出向いていく必要はない。
現在はネザク司酒長である堀切がコクマの面倒を見ているものの、堀切本人も王軍長に昇格し、実質、ネザクの司酒長席も無人だということだ。
唯一、ケセドのみ天野司酒長のもとで、平穏な日々を送っているところだが。
天野司酒長は、花井汐の信頼を得ている。
他二つの寮の司酒長交代のついでに、天野司酒長も異動させ、花井汐から遠ざけようというのが本音だろう。
天野司酒長からすれば、コクマでもネザクでも昇格になる。
不満は出なさそうだ。
「わかっています。三寮予定通り、それぞれ候補者から人選します」
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