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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
 叔父の声が何度か「汐」と呼んでいるのが聞こえて、手に叔父のアイスティーのグラスを持たされているのに気づいた。

「汐。学校に入るまでは安定していたのに。最近また、症状が出ていることが多いのか?」

 向かいの席にすわっていたはずの叔父は、ドアの前に立っていて、空っぽになった分包を薬袋に片づけていた。
 薬袋には見覚えがある。
 去年までそばにいた医師が処方する薬だ。
 譲が叔父から手渡された、“落ちつける薬”。

「嫌、嫌だ、飲まないっ……」

 叔父はかがんで、僕の頬を指で拭った。
 知らない間に涙が出ていた。

「我が儘ばかり言うもんじゃない。早く、涙を拭いて、それを飲みなさい。
 私も、ずっとおまえのそばにいられるわけじゃない。そろそろ、次の仕事に行かなければいけないんだ。わかるね?」

「うん、わかっ……てる……」

 コツコツと拍子を作る叔父の靴先に負けて、僕は薬の入ったアイスティーを飲み下した。
 茶に混ざった薬は、スポーツドリンクと違ってあまり味がしなかった。
 鼻の奥がつんと痛い。
 泣いたせいだ。

「いい子だね、汐。残りの薬を渡しておくから、つらいと思ったとき自分できちんと飲みなさい。我がままはいけないよ?
 良いか、つらいことは現実のことじゃない。おまえが心の中で、作っているだけなんだ。全部、夢でしかないんだ」

 どこかで聞いた台詞だ。

 全部、夢でしかない。
 全部……。










 叔父の車を見送って、ケセドに帰ろうと庭園を歩いた。
 まだ薬の反応は大丈夫だ。
 考えることができる。

 だけど大丈夫だと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。
 誰かにぶつかって、緑の芝生に叔父から手渡された薬袋とその中身をばらまいてしまった。

「ご、ごめんなさ……」

 拾おうとしてしゃがんだ拍子に、膝をついてしまった。
 ぶつかった相手である生徒が、僕の前に腰を落として、ばらまいてしまった薬を一つ一つ拾ってくれた。

 ふと、その手が止まる。
 彼は分包に小さく印刷された薬の名前を、じっと見つめていた。

「花井汐。心を病んでるの?」

「────」

 薬を拾ってくれていたのは、東原王軍長──いや、今はもう王軍長じゃない──だった。
 東原さんは拾い集めた薬を袋を入れて、僕に手に返してくれた。

「明石みたいな人に愛されて執着されていたら、おかしくもなるだろうね。
 君は気づいている? 明石は普通の心を持っていない。普通の愛し方はわからない」

 東原さんは笑っているように見えたけど、どこか悲しげに見えた。

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