聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
スイッチをオフにしかけた懐中電灯が、汐の肩に光を過ぎらせた。
大きな綿埃が、ふわふわと揺れている。
久しぶりに得た主に開いたクローゼットから、こぼれ出てきたのだろう。
汐の背後から肩に触れると、綿の端を指でつまんだ。
「!? 嫌っ……」
がしゃんと大きな音を立てて、懐中電灯が足元に転がり落ちた。
背後から触れた俺に驚いたらしい汐が、振り向きざまに腕を振り上げたのだ。
それが俺の手に直撃した。
まずい。
下の階に音が響かなきゃいいけど。
多分、聞こえただろう。
「汐、当たらなかったか?」
咄嗟のことで、つい呼び捨てにしてしまった。
しかし、汐はそれに気づくどころじゃなかった。
クローゼットと机の間、壁にぴったりと背中をつけて、うずくまっていた。
腕を頭の前で十字に構えて、合わせた両膝に額をくっつけるような形で、まるで……
「や……嫌っ……触らないで、許し……」
まるで、じゃなくて。
"怯えている"ような?
汐の前に膝をついて、顔を覗きこんだ。
だが、それにすら気づいていないような汐に、隣や下の部屋の気配をうかがいながら名前を呼びかけた。
「汐、もう触ってない。落ちついて。静かに」
「……あ……」
うっすらと両腕から顔を上げた汐は、涙目を俺に向けた。
その怯えた視線の前で笑顔を作ってから、汐に触っていない証拠とばかりに両手を上げて見せた。
「……譲くん……」
「落ちついてくれた?」
「……うん、ごめ……」
落ちついた、と言いながらも床に座ったままの汐に「自分のベッドにもぐってて」と追い立てた。
音を聞きつけた"奴ら"が、多分近くまで来ている。
足で、落ちた懐中電灯をベッドの下に押しこんで、横になろうと上掛けを開いた途端、ドアがノックされた。
……やっぱり、来た。
「……? なに?」
上掛けの隙間から顔を出す汐に、寝ていてと手で制してドアを開いた。
消灯過ぎのこの時間にも、制服を着て、腕に金獅子紋のついた腕章を通した2人組。
その後ろに、寝間着にガウンを羽織った天野司酒長がうかがうような表情で立っていた。
「基山譲、花井汐。何か、割れるような音がしたらしいが」
腕章の一人が"先輩"である以上の高圧的な態度で問うてくる。
二人の後ろから、こちらは心配気に「本当のことを」と天野さんがつけ加える。
本当のこと。
消灯後の時間に起きていた、と。
「いいえ。見ての通り、汐も俺ももう寝ていました。音のことも、よくわかりません。寝てたんで」
わざわざ欠伸をして見せた上の仏頂面だ。
諦めて帰れ。
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