きらきら(本編/一旦完結) 9 名前を呼ぶと、井上はガーゼを貼った頬を痛そうにひきつらせて笑った。 「気づいたの、今かよ。おっそ!」 「ごめん。えっと、昨日も、ごめん」 昨日。 名無し先輩に追いかけられて、廊下を走って逃げていたのを、空き教室に引き入れて助けてくれたのが井上だった。 俺を逃がす代わりに、潜伏していたらしい河本先輩に殴られて、気を失っていた。 あの後、タクと一緒に豚まん藤田先輩のアパートまで来たから、無事は無事だったんだろうけど。 俺のセリフを聞いているのかいないのか、井上は何も返してこないまま、はしごをぐんぐん上って行った。 俺もその後を追った。 30段ほどのはしごを上ると、4メートル四方ほどのスペースが開けた。 ここなら下と同じように寝転がれるし、空も近い。 井上は腰を下ろして、メガネをかけ直すと、タバコの白煙を吐き出した。 「俺はこれくらい殴られんの、慣れてるけど。 おまえみたいな素人が、ヤンキーのもめ事に巻き込まれるほうが、大変だったんじゃねえの? 嵯峨もそれわかってて、無茶させるよな」 “嵯峨”。 違和感だと思ったら、タクを呼ぶ呼称が、井上だけ呼び捨てなんだ。 野田も寺島も、同年にも関わらず、タクを“さん”づけで呼ぶのに。 よく考えたら、そっちのほうが変だよな。 同い年なのにさ。 「ま、嵯峨のオンナなら、その辺覚悟しないとな?」 「何だよ、嵯峨のオンナって…」 「つきあってるんだろ、嵯峨と」 「つきあっ…」 つきあっているのか? タクと俺って。 “つきあう”って定義から、ひどく外れている気がしてるけど。 「だから、藤田にも一番に狙われたんだよ。 キレたらややこしい嵯峨を抑えるより、仁科を人質にとったほうがやりやすいだろう、って戦法でさ」 無難だろ? と井上は笑う。 無難ていうか。 それ、結局俺がタクの足引っ張っているよな。 「嵯峨も最初はいいようにやられてたけど、途中でキレて暴れだしたから。ま、おまえのこと関係なくなっちまったし。足手まといとか思う必要もないんじゃね? それにしても、救出劇のラストにキスとは、仁科も愛されてるよな」 くっくっと喉を鳴らして笑う。 ほざけ。 井上は白煙を吐き出して、俺に吹きかけた。 まともにくらって、咳こんでしまう。 「けほっ…何すんだよ、井上っ…」 「不思議だよな。なんで嵯峨は、おまえみたいのが良いのかと思ってさ」 真顔でタバコをコンクリートに押しつけながら、井上は俺を見ていた。 「…井上?」 寝転んでいた俺に、井上がかぶさってきた。 素早く俺の手首をまとめると、頭の上に抑えつける。 まるで、そうすることに慣れてるみたいな素早さだ。 「触らせろよ、仁科」 [*前へ][次へ#] [戻る] |