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きらきら(本編/一旦完結)
2
 受け取った飲み物を手にカウンターから振り返ると、荷物が他の人に当たらないように気を配りながら、井上が席を陣取っているところだった。
 向かいの席に腰を落とすと、井上が絵具に汚れた手でコップを引き取っていく。

「画廊の帰りか? 白峰美大受けるって、正気だったんだな」

 ぬかせ、とストローの隙間から返してくる。
 一和の画廊に通い詰めて、井上は絵を描いているのだろう。
 指に染みこみそうなほどの絵具にまみれて。

 苦虫を潰したみたいな顔をして、じろりと俺を見上げてくる。

「仁科の話じゃなきゃ、嵯峨とコーヒー飲んだりしねえんだからな。
 で、何つった? 仁科には嵯峨に聞こえない何かが聞こえてる、つった? きっと誰か別にいいヤツができて、そいつからの着信音の幻聴が聞こえてんだよ、ざまぁねえな」

 手にしていたプラコップが湾曲して、ぶしゅ、と音を立てた。

(?)

 握りこみすぎたらしい手の中から、コーヒーが溢れてトレーまで流れ落ちている。
 おかしい、そんなに力を入れたつもりはなかったが。

「…………。俺の冗談に、いちいち反応して怒ってくれなくていい」

 呆れた調子で井上が言う。

「とにかく、アルコール盛るなり何なりして、一回仁科をぐっすり寝かせてやれば? あいつ、ヘンに繊細なところがあるから、受験つーのに相当気負ってんじゃねえの?
 だいたい、嵯峨が一緒に暮らしてて、なんでそんなことになってんの。普段から過保護なぐらいなのにさ。
 受験期だから? そりゃ、嵯峨だって同じだもんな」

 やっぱり原因は単なる寝不足しかないな、と改めて井上の意見に押してもらいながら、濡れた手を拭って、ブラックを口にする。
 井上は甘そうなホイップをすくって舌になめとってから、じっと俺に視線をくれる。

「何」

「仁科でいっぱいいっぱいに見えるけどさぁ。嵯峨は進学どーするつもり? ナントカいう会に受かったっていうのは、寺島からちらっと聞いたけどさ。それで進学しないつもりじゃないんだろ? それともその会で、本格的にピアノやんの?」

 喋りながら、井上の奥歯で細かいナッツが砕ける音がする。
 唐突に投げかけてくる、俺自身への質問に少し驚いた。
 井上が俺を気にかけているとは、思っていなかったから。

「そんなことは些細なことだ。気にすることもない。自分のことは自分で考えている」

「わかってる。俺にはどうでもいい話だよ、おまえがピアノで食おうがのたれ死のうがさ。けど、どうでも良くないって思ってるヤツがいるだろ?」

 井上はメガネを鼻に押し上げてから、頭を掻いて俯いた。

「まったく……、なんで俺がこんなこと嵯峨に教えてやらにゃいかんわけ?
 俺は正直、おまえらがうまく行かなきゃいいと思ってんだよ、今でも」

「…………。でももう、ナルが一番てわけじゃない。だろ」

 むすっといじけたような表情の井上の目元が赤く染まる。
 何を知ってんだよ、と突っこんでくる。

「まー……だいたいのことは」

 毎日毎日、学校が終わるやいなや、一和の画廊にさっさと走ってってしまう井上の行動動機が、美大の受験対策だけではないだろう、ということぐらいは。

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あきゅろす。
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