きらきら(本編/一旦完結) 9 そうか、清歌会って、俺の中ではイコール城戸葵とか、緑川とかタクだったけど。 思えば、日並さんみたいな大学生もいて。 要みたいな大人もいる。 (社会人の団体だっけ) 演奏されている曲は、なんか聞いたことはある。 タクも弾いていたことはあった曲だ。 「今年の課題曲、鬼だよね」 ぼそっとこぼす城戸葵のセリフが、ピアノ音を縫って聞こえた。 「鬼って?」 最前列の前にとりつけられたバーに両腕を載せた城戸葵が、くるっと大きな目を向けた。 なんか……リスっぽくて、可愛いな城戸葵っ……。 「『Heroic Polonaise Op. 53 』ショパンのポロネーズ最高傑作『英雄』だよ。難易度もさることながら、体力的にね。大変」 「『英雄』……」 聞いたことがあるようなないような、怪しい知識量だ。 「僕なら、こんな所で弾くのなんかごめんだよ」 「葵には無理だろう、弾きこなせない」 城戸葵の軽い口振りと、要のダメ出しで語られた、ことの重大さは、俺にもなんとなくわかる。 (えっと、要するに、合格が難しいってことだよな?) ますます爪の一件が悔やまれる。 あれがなければ、確実にもっと練習できたはずだ。 体力勝負だというなら、昨晩だって、もっとマトモに寝るべき…… (……思い出すな、こんなときに……) 演奏が終わって、入れ替わりに入ってきたのはタクだった。 こっちが勝手に緊張して、唾液が下る。 「嵯峨拓人は鳴り物入りの入試だからね。お手並み拝見♪」 バーに寄りかかった両腕に口元を潜めて、城戸葵は小さく笑った。 楽しそうに見える……いや、楽しんでいるのか。 ふと要を見ると、やっぱり同じように期待に満ちた眼差しを舞台に向けている。 (楽しむ? 入試なのにか?) 演奏が始まった。 弾いているタク本人も、蒼詩会コンサートの時と同じで、緊張している感じはしない。 心地良く、転がっていく音は、家で弾いている時と同じ。 (……好きなんだろうなぁ……) 鬼の課題曲が、タクにとってどの程度のものかはわからないけど。 ころころと走り回る魔法の十指は今も同じで、軽やかだ。 (ここまで来て、楽しいとか……本望だよなぁ) 俺も、緊張に伸びていた背中を、ゆっくりとシートにもたれさせた。 [*前へ] [戻る] |