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きらきら(本編/一旦完結)
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 そうか、清歌会って、俺の中ではイコール城戸葵とか、緑川とかタクだったけど。
 思えば、日並さんみたいな大学生もいて。
 要みたいな大人もいる。

(社会人の団体だっけ)

 演奏されている曲は、なんか聞いたことはある。
 タクも弾いていたことはあった曲だ。

「今年の課題曲、鬼だよね」

 ぼそっとこぼす城戸葵のセリフが、ピアノ音を縫って聞こえた。

「鬼って?」

 最前列の前にとりつけられたバーに両腕を載せた城戸葵が、くるっと大きな目を向けた。
 なんか……リスっぽくて、可愛いな城戸葵っ……。

「『Heroic Polonaise Op. 53 』ショパンのポロネーズ最高傑作『英雄』だよ。難易度もさることながら、体力的にね。大変」

「『英雄』……」

 聞いたことがあるようなないような、怪しい知識量だ。

「僕なら、こんな所で弾くのなんかごめんだよ」

「葵には無理だろう、弾きこなせない」

 城戸葵の軽い口振りと、要のダメ出しで語られた、ことの重大さは、俺にもなんとなくわかる。

(えっと、要するに、合格が難しいってことだよな?)

 ますます爪の一件が悔やまれる。
 あれがなければ、確実にもっと練習できたはずだ。
 体力勝負だというなら、昨晩だって、もっとマトモに寝るべき……

(……思い出すな、こんなときに……)

 演奏が終わって、入れ替わりに入ってきたのはタクだった。
 こっちが勝手に緊張して、唾液が下る。

「嵯峨拓人は鳴り物入りの入試だからね。お手並み拝見♪」

 バーに寄りかかった両腕に口元を潜めて、城戸葵は小さく笑った。

 楽しそうに見える……いや、楽しんでいるのか。
 ふと要を見ると、やっぱり同じように期待に満ちた眼差しを舞台に向けている。

(楽しむ? 入試なのにか?)

 演奏が始まった。
 弾いているタク本人も、蒼詩会コンサートの時と同じで、緊張している感じはしない。

 心地良く、転がっていく音は、家で弾いている時と同じ。

(……好きなんだろうなぁ……)

 鬼の課題曲が、タクにとってどの程度のものかはわからないけど。
 ころころと走り回る魔法の十指は今も同じで、軽やかだ。

(ここまで来て、楽しいとか……本望だよなぁ)

 俺も、緊張に伸びていた背中を、ゆっくりとシートにもたれさせた。











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あきゅろす。
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