きらきら(本編/一旦完結) 4 そこはさもありなん、と思うんだけど。 確かに会ったといえば会ったけど、通りすがりに声かけられただけで別に約束して会ったとかじゃ…… ──仁科くんから見える緑くんのこととかも、色々聞き出してみたかったのに。 日並さんがそんなことを言っていたのを、ふと思い出した。 なんで日並さんが緑川の話を俺から聞き出したがっているのかと、よくわかんなかったけど。 目の前に、ゆでだこみたいな赤い頬をして怒ったように眉を吊り上げている緑川を見て、なんとなくわかった気がする。 「あー、緑川って日並さんのこと好──」 「違うわ、しね」 今まで一番の目力でギロリを睨みつけて短く言い切ったかと思うと、緑川は踵を返してすたすたと駅に向かって行った。 それを、なんとなく見送ってしまう。 星城グレーの制服でずんずん歩いている緑川は多分まだ眉間に縦じわを刻んだままの顔なんだろうけど。 (ふーん。あの城戸葵一色だった緑川がなぁ) 緑川の城戸葵一色嗜好は天変地異が起きても変わらないものだと思ってたけど。 まさかの天変地異を、あののんびりした日並さんが起こしていたらしい。 (そう考えると、緑川の憎まれ口もなんとなく可愛いような気がしないでも……) ……ないか。 いったいどういう幼児期を過ごせばああなるのか、やっぱり気になるところだった。 ――全治二ヶ月、試験は二ヶ月後。だから間に合う、って話。何も難しくないって。 診察室から出てきたタクは、そんなことを言っていたっけ。 ――練習ならもうしてただろ。この間からずっと。まだやれって言うの? 試験ギリギリまでオタオタして、足掻きたい。 もしかしたら、最後に見た英単語が試験に出るかもしれないじゃないか? (って、俺の場合はそんなことギリに思うくらいなら、早くスタートを切れ、ってツッコミたいところだけど) タクの場合はそのセリフ通り、ちっとも課題曲を弾いている様子がない。 ピアノを弾いていないのかと言えば、そうじゃなくて。 傷が治って以来、一瞬たりとも離れたくないみたいな勢いで、ピアノ部屋に引きこもって弾きまくっている。 声をかけないと、食事をとることも多分、忘れるんだろう。 それは試験にギリに近づいた今、もっと酷くなってる。 俺は、ピアノ部屋の防音ドアを握り拳グーでドンドン叩いた。 「タク! 飯できたから食べに来い!」 ドアが開く様子はない。 多分、聞こえてない。 こっちからドアを開けて、ピアノの前にすわるタクと目が合う位置に移動して。 タクがこっちを見たら、あらかじめ持ってきておいたおにぎりの乗った皿を見せる。 タクが頷いたら、皿をテーブルに置いて。 脱出。 廊下に出てドアを閉めて、背中をもたれさせる。 無意識にため息が洩れた。 試験前夜。 タクは何も言わないけど、緊張が空気に混じる。 [*前へ][次へ#] [戻る] |