[通常モード] [URL送信]

きらきら(本編/一旦完結)
5
 今は、おいしい料理があるから目を開けていられるけど。 
 コンサートホールで、ただすわって聞いてるだけだったら、絶対寝ていると思う。

 要の視線を追って、ステージを見た瞬間、拍手が湧いた。
 一曲終わったらしい。
 慌てて拍手を贈る。

 要の知り合いだという歌い手の後ろに、伴奏者も立ち上がって頭を下げている。

 その彼が頭を上げた瞬間、俺の拍手は凍りついた。

(タク!?)

 なんでこんな所に!?
 ピアノ!?

 ステージのほうからは、客の一人一人なんて判別できないはずだ。
 高をくくりながらも、なんとなく首をすくめて、視線をステージから外した。

(バイトって、これのことだったのか!)

 確かにスーツを着ている。
 足元もフォーマルだ。
 髪も、いつもよりしっかりセットしてあるみたいだ。

(なんか…変な感じ)

 いつも俺に見せる顔じゃない。
 微笑も浮かべないまま、タクは礼が済むとまたピアノに向かった。

(あんな顔、初めて見た…)

 いつもふざけた笑顔で。
 からかう時の、どこか得意げな。

(…こんな顔してると、なんか知らない奴みたいだ)

 パニクっている俺をよそに、広間は元の雰囲気に戻りつつあった。
 照明が少し明るめになり、料理がもっと頻繁に動き出した。

 俺の前にも肉料理が運ばれてきた。
 柔らかそうな牛フィレに濃厚なソースがかかっている。
 鮮やかなクレソンの緑が綺麗だ。
 牛フィレにナイフを入れながら、ふとステージを見た。

 歌い手は、現れた時と同じように、静かにいなくなっている。

 タクはまだピアノを弾いていた。
 時々、ギャルソンが持ってくるメモを受け取る以外は、ずっとピアノに視線を落としている。

(こんなことができたんだ…)

 俺は本当に、タクのことを何も知らないんだと、思った。

 ステージと、このテーブルまでは、そう距離もないけど。
 なんだか凄く遠い気がした。

「成海。これ」

「?」

 要が渡してきたのは、テーブルの一輪挿しの横にあるメモと鉛筆だ。

「何これ。料理のアンケ?」

「違う違う。リクエストカードだよ」

「リクエスト? 焼き鳥って書いたら、焼き鳥持ってきてくれんの?」

 要はこめかみに指をやって、口の端をひくひく痙攣させた。

「成海。ランサホテル・フレンチコースで焼き鳥とか口走りやがったら、俺帰るからな。
 この場合、リクエストつーたら、あれだろうが」

 ペリエを持った手が、ふいっとステージを指す。

[*前へ][次へ#]

5/7ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!