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きらきら(本編/一旦完結)
10
「このまま黙ってられるか、こっちにも立つ瀬があんだろうが」

 少しトーンが落ちてきた。
 聞こえにくい…。
 体の向きを変えて、肩で押して、扉に隙間を作った。
 金属製の扉を向こうからわからない幅の隙間をキープするのは、微妙な力加減で、けっこうツラいんだけど。

(もーちょい、聞こえたらいーのにっ…)

「2−C仁科成海! そこで何してる!」

 げっ!?

 驚いて肩を揺らした瞬間、支えを失った重いドアは、きしんだ音を立てて閉じた。
 勝手に体が強張る。
 扉が閉じる音は、タクにも聞こえたはずだ。

 ほこり臭い踊場から見える階段の下には、ジャージ姿の体育教師 砂川。
 砂川が俺の名前を喚いたことで、背後のタクたち4人には、仁科成海がこの場にいることもバレていて。
 俺は自分の頭から、血の気が引いていくのを如実に感じていた。

(何この状況。最悪。四面楚歌だっけ、そんな熟語あった?)

 もういいってそんなの、絶体絶命とかで!!

 鬼のような形相をした砂川は、「さっさと降りてこい!」と喚きちらし、背後からはコウモリみたいに鳴いた扉を開く井上が姿を現した。
 無表情だ。
 井上の背後には、タクとデカヤンと寺島がいるはずだ。

 井上は自分の体を滑り込ませて、まだ尻餅をついたままの俺の腕を引いて立たせた。
 がしっと掴む手元が、タバコ臭くて冷たい。

「砂川、見回り? 暇なんだ?」


 無表情に言いきる井上に、砂川は眉を潜めて、足早に階段を上ってきた。
 至近距離まで近づいて、井上をねめつける砂川は、もはや俺なんかはどうでも良いみたいで。

「井上も仁科も、こんなところで何してる! さっさと教室に戻れ!」

 酷い剣幕の砂川に、井上は軽い笑い声を立てて、「嫌だって言ったら?」と、まだへらへら笑っている。
 砂川は、明らかに表情を変えて井上に向き直った。

(もう、マズいって!!)

 心中、冷や汗をかく。
 隣に立った井上は肩をすくめて「軽いジョークですって」と、軽薄に笑ってから、俺を振り返った。
 掴んだ腕は、そのままだ。

「戻るぞ、仁科」

「えっ? あ、うん」

 湯気の立ち上りそうな砂川の前を、井上に引っ張られて通りすぎて。
 薄暗い階段を下りた。
 段差の途中で、砂川の声が「井上」と追いかけてくる。
 井上は俺を先に下ろしてから立ち止まり、振り返った。

「おまえ、三月展に出品するんだってな。授業ですら受けきれない中途半端さで、何ができるんだか楽しみだな」

 砂川の声はどこか嘲笑じみている。
 言っている意味はわからないけど、そばで聞いているだけの俺までなんだかムッとした。

(何なんだよ、三月展って!! 何だか知らねーけど、井上にできるわけないみたいな言い方しやがって)

 井上は無言のまま、砂川のほうを向いて動かない。

 何なんだよ、井上。
 言われっぱなしで黙りこくりやがって。
 きっぱり言い返せよ。


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