[携帯モード] [URL送信]

龍のシカバネ、それに月
1

 ……シャン……シャン……。

 鈴の音がする。
 一定の拍子を刻んだ涼しい鈴の音。

 僕は、夢を見ている。
 先の匣姫 朋哉さんの夢を。

 幾重にも色を重ねた袖口が、また顔を隠していて。
 見えている口元が、薄い赤を引き上げた。

「朋哉さん……ですよね?」

 さらりと黒髪を揺らして、小首を傾げる。

「貴方は、朋哉さんなんですよね? 貴方は生きてるんですか……?」

 ゆっくりと袖口が引き上げられて、美しい顔が顕になった。
 頭につけた冠から下がった飾りがしゃらしゃらと鳴る。

「っ……父さんっ!?」

 顕になった顔は、写真でしか知らない父さんの顔だった。

 艶かしく微笑する顔は、僕でも胸を突かれるほど美しくて。
 これが匣姫の“匂い”なんだとしたら怖いと思った。
 この世のものじゃないような、あの世に引き込まれそうになるような、そんな美しさだ。

「父さん?……朋哉さん……どっちなの……?」

――タマキ。

 薄赤い唇が、碧生さまの名前を口にした。
 父さんと碧生さまの繋がりはない。
 碧生さまの名前を口にするこの人は、

「朋哉さん……なの?」

――碧生。
 僕は、東に配されることが決まったよ。
 とはいえ、君のものになれるわけじゃないけど……。
 それでも碧生の近くにいられるなら、それで僕は嬉しいよ。

 これはいつの言葉だろう。
 多分呪詛より前の話、なのかな。

「朋哉さんは、東に配されたの?」

 当時の東龍頭領後継は碧生さまじゃなかった。
 確か、波真蒼治さん。
 蒼河さんのお父さんだ。

(でもよく考えたら、蒼治さんには蒼河さんて息子がいて……つまり、奥さんがいたんだよね)

 妻子のある人でも力さえあれば、匣姫を有することができたのか。

――忘れたわけじゃないよ。
 気にしていないわけじゃない。
 この気持ちは、そういうのじゃない。
 そもそも僕のものじゃないんだ、カゲトキ。
 お願い、もう僕の心を食べないで……

「なに……誰のこと言ってるの、朋哉さんっ……」

――カゲトキ、やめて、許して。
 助けて、碧生。
 助けて。

 …………。
 ……。









 喉が、乾いた。
 うっすらと開いた視界が薄暗い。
 部屋の明かりは落ちていて、カーテンが引かれていない部屋には月の光が射し込んでいた。

 また夢を見た。
 先の匣姫の夢。
 今度ははっきりと碧生さまの名前を呼んでいた。
 もう一人、知らない名前……“カゲトキ”。

(誰かが、いる)

 人の気配を感じてベッドに寝返りを打つと、そこに誰かの背中があった。

(!? 誰!? てかカーテンにベッドって、ここどこ!?)

 カーテンにベッドなんて洋室、井葉の家にはなかった。
 洋室がある家を、僕は1つだけ知っている。
 久賀の家だ。
 いつ運ばれてきたのかはわからないけど、多分久賀の家で間違いない。

 隣で、向こうをむいて眠っている人の顔を覗きこむ。

 碧生さまだ。
 なんだか寝息が荒い。
 手で額に触れると、少し熱っぽく感じた。

(苦しそう。何か冷やすものをもらってこなくちゃ)

 ベッドを抜け出して、裸足のままドアに向かった。
 台所へ行けば、あのやたら大きな冷蔵庫に冷やすものぐらい入っていそうな気がする。
 途中で執事の山瀬さんに会えればちょうどいいんだけど。



[次へ#]

1/9ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!