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龍のシカバネ、それに月
4

 大きな足音がして、目の前に灰爾さんが現れた。
 僕をひょいと肩に担いで、一堂を振り返る。

「あとは皆さんでご歓談を。俺ら、お先に失礼致しますんで。ごゆっくりお楽しみクダサイ」

 にこっと笑みを残して、灰爾さんは足早に部屋を出た。
 そのまま上の東龍屋敷へ続く階段を上がって、雪駄に足を差し入れた。

 庭園の中の、庵。
 さっき、下の庭園で朝陽と同じ場所にいたのに、今度は灰爾さんと上の庵にいる。
 景色は同じなのに、違う場所。

 ぼろぼろこぼれる涙に景色が揺れて、きちんと見えない。
 隣にすわった灰爾さんが、唇に触れるだけの軽いキスをくれた。

「優月ちゃん。ちゃんと言葉にしないとダメじゃない?」

「っふ…ぇっ…なにを…」

 あの場で、いったい何を言えば良かったのか。
 口を開けば絶対に「嫌だ」と言葉が飛び出してしまう。
「嫌だ」なんて、言えない。

「青鷹に『迷惑かけたくない』『役に立ちたい』とか思ってる? 良い子のふりしたって、ダメだよ。優月ちゃんは良い子じゃないんだからさぁ」

 笑いが漏れた。
 僕は確かに良い子じゃない。

 碧生さまが後継から降ろされると聞いたとき、一番に「これで青鷹さんの匣になれる可能性ができた」と嬉しくなってしまった。
 碧生さまや三龍、北龍布陣のことなんて、全然考えなかった。
 灰爾さんの言う通りだ。

「本当は自分勝手で、悪い子、……なんですっ……」

「良いんだよ。良い子なんて面白くないじゃない。もっと泣いて、もっとわんわん文句言って、青鷹困らせれば良いんだよ。
でなきゃ、わかんないと思うよ? 青鷹はカタブツで鈍感な上、碧生さまバカだからさー」

「『わかんない』……?」

 うん、と灰爾さんは悪戯っぽく笑った。

「優月ちゃんが、青鷹を好きで好きでたまんなくて、ハジメテは青鷹だけにして欲しくて。それだけじゃなくてその後もずーっと青鷹だけに抱かれて、あんあん可愛く鳴かされてたいみたいな……」

「うわあああ!? 灰爾さん、何言ってんですかっ!?」

「当たってるでしょ? 顔に書いてあるもん♪」

「!?」

 思わず濡れた頬に両手を当てると「そういう意味じゃないって」と灰爾さんがまた笑った。

 今、気づいた。
 いつの間にか涙が止まっている。
 灰爾さんといると、楽になれる。
 こういう人と一緒にいたら、ずっと笑っていられそうだ。

「ねー優月ちゃん。西に来ない?」

 唐突に言われて、笑い顔が固まってしまった。

「正直だなぁ、傷つくわー」

「す、すみません。いきなりで」

 いきなりかなぁ、と灰爾さんは頭を掻いた。
 いきなりじゃない。
 わかっている。

 三龍後継は皆、“匣姫”を欲しがっている。
 理由はその一族の力を増すためだ。
 匣姫はそういう存在。
 わかっている。

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あきゅろす。
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