龍のシカバネ、それに月
3
そんなことが可能なんだろうか。
それでもなお、青鷹さんは膝を前に声を上げた。
「二龍の御方々に、平にお願い申し上げます。匣姫さまを、碧生さまのもとに――」
「青鷹、やめなさい」
やんわりと言葉を差し入れたのは碧生さまだった。
困ったように笑みを浮かべて、青鷹さんを見つめている。
「個人的なことで匣姫さまを煩わせることは許されない。配置先の決まらない匣姫さまは、誰のものでもない。私にはもう退く覚悟ができている」
「しかしっ……」
苦汁を飲んだような声を絞って、青鷹さんは視線を落とした。
「そんなの意味ある?」
少し離れた場所から聞こえたのは紅騎さんの声だった。
俯いたまま、青鷹さんがそっちを振り返る。
皆の目を集めた紅騎さんは、いつも通り無表情で淡々とした口調で続けた。
「色名の力が10だとしてさ。今、碧生さまのお力が、失礼ながら5だとするでしょう。5を10に戻す作業をするぐらいなら、10の力を持つ龍をそれ以上にするために、匣の力を使うほうが合理的じゃありません?」
僕は、この場が今、僕の話をしているのだという自覚はあった。
不思議と動揺はしていない。
(つまり、青鷹さんは。碧生さまの龍の力を色名に回復するまで、僕に碧生さまと寝るように進言……している、ってことだよね……)
知らず、膝の上に置いた爪先が白く色を変えている。
胸がどこか痛いような気もするけど。
諦めみたいな凪が、僕の心に広がっていた。
これが“匣姫”のありようだ。
まるで龍たちの道具であるような。
ただの力増幅機。
心があることなんて、誰も知らないみたいに。
しんと静まり返った場に、雪乃さまの扇子がはたはたと音を立てる。
皆が、雪乃さまに目を集めた。
「よろしいんじゃございませんか? ね、南殿。面白い」
名を呼ばれた朱李さまが「しかし」と口許を潜めるのを見て、雪乃さまが扇子ごしに軽い笑い声を立てた。
「配される時点でお手付きになった匣姫はお嫌だと? 朱李殿は処女性に重きを置かれますか。ならば破瓜は南の紅騎殿か朝緋殿にお任せし、あとは碧生さまのお力回復にご尽力いただければ」
「そういうことなら、俺も優月ちゃんのハジメテ、欲しいけどなぁ」
雪乃さまの後ろから、灰爾さんが笑って膝を進めた。
「もはや碧生殿の統率力は、東龍だけのものではない。碧生殿は二龍にとっても必要な御仁。匣姫のお力で回復が臨めるのであれば――」
朱李さまが僕を見て、途中で言葉を飲み込んだ。
同時に、全員の目が僕に集まった。
(――え……?)
自覚のない涙が頬を伝い、顎からぽたぽたとこぼれ落ちている。
知らない。
泣いてなんかないのに。
「ごめんな…さ…今、止めるからっ……」
嘘。
止まらないっ……こんな場所で泣いたりしたら、皆に迷惑がかかるのにっ……。
何より、案を提示した青鷹さんに、反対しているように見えてしまう。
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