龍のシカバネ、それに月
2
曖昧な笑みを浮かべて、小さく頷いている碧生さまが見える。
いつもの碧生さまだ。
東西南、それぞれの色名龍の名簿を、まずは頭領が確認し、あとの二人の頭領にも回していくという流れであるようだ。
(自分の所の色名龍を全員把握しているのもすごいけど、回ってきたよその色名龍のリストを見てわかるのはもっとすごい)
表にいる龍たちの数を思い出すと、それでもやっぱりすごいと思う。
僕はまだ、この場にいる人たちしか把握できていない。
「……藍架殿、これは」
雪乃さまが怪訝な顔をして東の書を止めた。
何があったのかと朱李さまが雪乃さまの手元を覗きこんで、やはり顔色を変えた。
(? 何があったんだろ。東龍の名簿で、なにか不審な部分でもあったのかな)
藍架さまは両手を袖口にいれて組んだ姿勢で、目を瞑った。
ややあって、場に視線を流し、ゆっくりとしかしはっきりとした口調で言った。
「井葉碧生を色名から、また東龍頭領後継から外す」
(――っ!?……)
今、藍架さまはなんと言った?
碧生さまを色名龍からも後継からも外す、と?
「なんと……それは、どういう……」
さすがにずっと微笑を浮かべていた雪乃さまも目を瞬かせて、藍架さまの後ろに控える碧生さまに視線を送る。
碧生さまはさっきまでの態度と変わらず、背筋を伸ばして座していた。
「不肖の、私の力が呪詛を機に落ちてまいりましたので。後継の重責を果たせぬところまで達ししだい、身を引く所存でございました」
「しかし、呪詛以来、東龍頭領補佐として率いて来られたのは碧生殿だろう」
朱李さまの言い様に、碧生さまは「もったいないお言葉でございます」と礼を返している。
(……碧生さまが後継を降りる……)
次に指名されるのはおそらく青鷹さんか、蒼河さんということになる。
青鷹さんになれば、あとは僕が東に配されれば望みが叶う、なんて……自分勝手なことが浮かんで、小さく頭を横に振った。
「一案がございます」
皆が口々に碧生さまを引き留める中、僕の後ろに座していた青鷹さんの声が飛んだ。
(青鷹さん……)
最初から、僕を碧生さまのために見つけ出し、指南を請け負っている青鷹さんには、碧生さま以外の後継など頭にない。
場のすべての人が青鷹さんに集中した。
「青鷹。案とは? 申せ」
藍架さまが促すのを受けて、青鷹さんははいと返し、一瞬、僕に目をくれた。
(っ……今の目、なに……)
「匣姫さまが見つかった折から、僭越ながら指南を施して参りました。どこへ配するとも決定がなされてない今、碧生さまのお力回復のために、匣姫さまのご助力をいただきたいと存じます」
控えよ! と藍架さまの厳しい声が飛んだ。
場の空気も、しんと静まり返った。
匣姫を配する前に、力を失った龍に宛がう。
つまり僕が、碧生さまと。
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