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龍のシカバネ、それに月
9

「どうして?……」

 朝陽は僕の手から財布を取り上げて片づけてから、また後ろを振り返った。
 今、歩いてきた道は雨脚は弱まってきたものの、さらさらと鳴る雨でうっすらとけぶっている。
 人の気配はない。

「はぐれた時は、ここで落ち合おうということになってる。……久賀と」

「久賀さんと? どういうこと?」

 駅校舎の中、びしょ濡れのまま、朝陽はベンチに腰を下ろした。自分の足先をじっと見つめた後、ゆっくりと僕を見上げる。
 濡れた真っ黒の髪から、ぽたぽたと雫が落ちていく。

「優月、久賀のところに行こう」

 唐突にそんなことを言い出す、朝陽の顔を覗き見る。
 隣にすわって、朝陽の言葉の続きを待ってみるけど黙ったままだった。

「どうして? 朝陽は、嫌がっていたじゃない」

 朝陽は小さいころから人見知りで、そばに置く人間を選ぶ。
 誰か知らない人と僕が話していると、後ろから袖を引いて近づけないようにしたり。
 久賀さんのことも警戒していたのに、どうして急に、行くって気になったんだろう。

「母さんの、アパートの部屋も、そのまま置いてくれるって言うし」

「じゃあ、お金だけ貸してもらって、アパートで暮らすっていうのは? それなら今まで通りに、朝陽も学校に行けるし……」

「学校なんかいいって言ってるだろ!?」

 突然、声を荒げて、朝陽はベンチにすわったまま、僕に抱きついてきた。
 体が震えている。
 雨に濡れて、寒いってほどじゃないのに。

(怖い、のかな……)

 僕も朝陽の背中に腕を回して、肩をぽんぽんと叩いてやる。
 僕も、怖いよ。
 色んなことがありすぎて。
 朝陽と離れることも怖くてたまらなかった。

「大丈夫だよ。母さんがいたころと同じようになるように、僕も頑張るから」

 ならない、と即返ってくる。

「ならないんだよ、優月。もう、母さんがいたころと同じようになんて」

 だって母さんはもういないんだから、と硬質な声が続く。
 そんなこと、わかってる、けど。
 朝陽の震えが酷くなってきて、抱いているのが精一杯になってきた。

「手から光を出すヤツらが、優月をさらいに来る……から」

「……? どういうこと?」

――道に迷ったの?

 ぶるっと身震いがした。
 手から光を出す――蒼河さんの手を見たとたん、体が僕のものじゃないみたいに動かなくなってしまった。
 後から来た久賀さんも、手のひらを翳してきていた。
 もしかして、久賀さんも光を出せるんだろうか。

(ハコミヤユヅキって、何?)

 久賀さんも蒼河さんも、始めの一言がそうだった。
 でも僕はハコミヤユヅキじゃない。

「俺だけじゃ、あんなのから優月を守れない……っ…」

 まるで悲鳴みたいに聞こえて、胸が痛くなる。

――優月はお兄ちゃんなんだから、朝陽を守ってあげなくちゃね。

 にこにこしながらアメ玉をくれて、母さんはそんなことを言っていた。


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あきゅろす。
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