龍のシカバネ、それに月
6
「匣宮月哉が亡くなっていた、この事実を知った龍たちはその子供、優月を手に入れようとした。
……この辺りの記憶、ある? 俺はない。おかしいと思わないか?」
確かに、朝陽の言う通りだ。
僕を狙って、誰かが現れたら記憶はない。
12年前、5歳の時から転居を繰り返していた記憶はある。
想像でしかないけど、おそらく龍たちは現れていた。
彼らから行方を眩ませるために引っ越していたに違いない。
だけど、多分一番衝撃的な記憶になるはずの龍が、僕の記憶にはない。
額にかざされる、母さんの優しい手のひら。
光の滲むその手が。
――幸せな思い出だけ残しましょうね。…………。
記憶を、コントロールされていた?
「多分、南の色名龍だった母さんは、追手である龍たちと幾度も戦っていた。時に、はからずも幼い俺達の前で、戦闘になったこともあったんだろう。俺たちはもしかしたら、恐ろしい目に遭ったこともあったのかもしれない。
その時は母さんが、手のひらをかざして、つらい記憶を消した……」
今となっては推測するしかないけど、と続く朝陽の言葉に、目元がじわりと熱を持った。
母さんは、たった一人ですべてをその細い肩に背負っていた。
「……いずれ、自分一人では優月を守りきれなくなる、てこともわかっていたんだと思う。その内、三龍だけじゃなくて北龍もくる。こっちは命を狙ってくる。いくら南の色名でも一人では限界がある。だから……」
朝陽が、じっと僕と目を合わせた。
核心を言おうとしている、そんな目をして。
「だから、母さんは俺を優月のそばに置いたんだよ。いずれ自分が倒れた時のために。信頼のおける南龍の姉 茜の子である俺を引き取って、優月を守るために」
「……そんな……」
――長きに渡る匣姫護衛から帰還……
南龍頭領 朱李さまの、朝陽を紹介する言葉を思い出した。
意味のわからなかったことが、また1つ繋がっていく。
僕一人の存在が、たくさんの人の運命を狂わせている事実が、体を震えさせた。
「僕はっ……母さんも、朝陽も……僕が……」
「優月、どうしたの?」
「朝陽だって……僕がいなかったら、本当の家族と離れることもなかったのに……」
「なに、そんなこと気にして泣いてんの?」
僕の肩を抱きしめて、あやすようにして髪に触れる。
いつもと立場が逆だ。
ゆっくりと、震えがおさまってくる。
「俺は、良かったと思ってるのに」
「!? なんでっ!」
僕は朝陽と兄弟でいたかったのに。
離れたくなんかなかったのに。
それなのに当の朝陽から『(兄弟じゃなくなって)良かった』なんて言われると、それなりにショックだ。
「兄弟相手に、こんなことできないし」
そんなことを言いながら、僕の肩を抱いたまま、朝陽の顔が近づいてきた。
「朝……っ……」
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