龍のシカバネ、それに月
4
「自らのご一族が連れ去った匣姫に、自らの護衛をつける。お手の早い南のやり方を、我ら西も見習わねばなりませんね」
さりとて、と続く雪乃さまがほんのり浮かべた笑みを扇子でかざした。
「今匣姫さまを連れてきたのは東龍であったのですから、護衛と言ってもどこまでのお役だったのやら……」
ごほん、と不自然に咳払いが聞こえた。
藍架さまだ。
朱李さまは平然と無表情を貫いたまま、身じろぎもせず、それは背後にいる紅騎さんも同じだった。
朝陽は、怒りをにじませて西龍陣をじっと見つめていた。
雪乃さまがにっこり笑みを浮かべて「何しろ、後継候補がお二人とは、朱李殿も心強いことですね」と笑う声が、どこか遠い。
背後から、青鷹さんが手に触れてくれたから、少しだけ、我に返れた気がする。
「顔合わせも済んだことだし。布陣の話をする間、会議が初めての匣姫さまは休憩なさってはいかがか」
「え」
そんな。
確かに話を理解できるかは自信がないけど、見てはおきたいのに。
休憩の提案をくれた朱李さまがちらと背後に目をやり「朝緋」と声をかける。
会釈を返した朝陽が立ち上がると、僕に近づいてくる。
「行こう、優月」
にこっと笑う顔が、いつもの懐かしい朝陽で、ちょっとドキッとする。
青鷹さんに振り返ると、朝陽に目をやってから物言いたげに朱李さまを見返した。
「青鷹殿は少々、匣姫を囲いすぎでは? 心配ない。匣姫は我ら南龍にとっても大事な大事なお方。長年護衛を勤めてきた朝緋になら、任せてもらえまいか?」
「…………」
どのみち青鷹殿も布陣には入ってもらわねばならんし、と朱李さまが続けるのを聞いて、僕は立ち上がった。
「優月」
「大丈夫。朝陽がいてくれるし。行ってきます」
まだ心配顔の青鷹さんに目をやってから、場の方々に会釈をして朝陽の背を押した。
このまますわっていても、青鷹さんを困らせるだけだ。
物言いたげな雪乃さまの目から逃れて、 部屋を出て、廊下を進んだ。
庭園に鳥が集まっているのが見えた。
地下庭園なのに鳥がいることが、不思議に思える。
「庭に降りてみる?」
と言っても上と同じ東龍屋敷だけどね、と言いながら朝陽は雪駄に足を差し入れる。
先に縁側から降りて、手を差し出してくるのに捕まって、僕も庭に降りた。
さらさらとした土の感触も、上の東龍屋敷と同じだ。
朝陽の手の温もりも、前と同じ……。
「ったく、何なんだよ、あの西龍頭領は。嫌味ばっか並べやがって、気分悪い!」
南のことを『手が早い』と称するのは、灰爾さんもそうだった。
僕にキスしてきた紅騎さんと喧嘩しそうになったりしたことがあった。
過去、南と西で何かあったのだろうかと勘繰るほどに。
先の匣姫を連れ去ったのは、北龍だ。
──昔、匣姫を連れて逃げた、南龍の娘がいたことをね。
あの夜、碧生さまが言っていた話。
雪乃さまが言ったのも、それと同じ?
……堂々巡りだ。
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