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龍のシカバネ、それに月
8

 雨の中、足を止めた久賀さんが蒼河さんに向かって、構えるように手のひらを翳した。
 ちょうど、僕に向かって蒼河さんがしているみたいに。それを見ていた蒼河さんが、素早い動きで僕を抱えた。

「打てるの? 青鷹。優月くんごとでも打つかな?」

 蒼河さんの肩に抱えられたまま、指を動かす。
 ……動く。
 まだ痺れたみたいにじんじんするけど、ちゃんと動く。
 蒼河さんの手が僕に向かっていなければ、動けなくなることはないんだ。

 蒼河さんが久賀さんに向かって何か言ってる最中だけど、かまわず、襟元から露出している首筋を思いっきり噛んだ。

「痛っ……!?…」

 蒼河さんが怯んだ隙をついて、その肩から飛び降りた。
 着地にちょっと足元がぐらつく。

「朝陽っ…」

 駆け寄ろうとするのに、間にもう1人の男が立ちはだかる。
 朝陽がその背後から羽交い締めにした。

「優月、走れ! 逃げろ!」

「〜〜っ…」

 朝陽を置いて行くなんて、本末転倒だ。
 羽交い締めにされて動けない男のすねを、蹴りつけた。
 男が変な悲鳴を上げてその場にうずくまった隙に、朝陽の手を取った。

「何だかわからないけど、とにかく逃げよう」

 その時、久賀さんのことは頭から抜け落ちていて。
 とにかくこの訳の分からない場所から、朝陽を連れ出したくて。
 その手を引いたまま、道端に落ちたままにしていた鞄を拾うと猛烈に走った。

 背後で、何かが光った。
 でも振り返る余裕がない。
 雨粒が跳ね返るアスファルトの一本道を、朝陽を顧みる間も持たないで走った。

 息が切れて、心臓が壊れそうになって、ようやくスピードを落とす。

「はぁ、はぁ……朝陽っ、大丈…?」

「大丈夫じゃないのはっ……優月だろっ……」

 体力のある朝陽も流石に息を切らしながら、僕の肩から鞄を取り外した。

「こんなの、今拾わなくても良かったのに……文字通りお荷物だろ……」

「そういうわけに、行かないよっ……お金ないのにっ……」

 カネカネ言うなよ、と突っ込んでから、自分の肩に僕の鞄を引っ掛けると、朝陽は後ろを振り返った。

「久賀、大丈夫かな」

「あ……」

 置いてきてしまった。
 多分、久賀さんは僕を助けに来てくれていたのに。

(でも、なんで?)

 朝陽は久賀さんを毛嫌いしていたのに、心配するなんて。
 そもそも、どうして久賀さんと行動をともにしていたのか。
 僕を施設に預けた後も、ずっと一緒だったんだろうか。
 一本道を歩いていると、僕が当初目指していた駅らしい建物が見えてきた。
 田舎の、小さな駅は木々に囲まれていて、雨のせいか人の影はない。

「家に帰ろう」

 朝陽に促して、鞄のファスナーを開いて財布を取りだす。
 アパートまでの、二人分の切符代。
 財布を開いて中身を覗き込んでいると、その手を朝陽の手が止めた。

「切符はまだ、買わなくていいよ」


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