龍のシカバネ、それに月
3
こっちも白っぽい狩衣を着崩して灰爾が好奇心丸出しで笑う。
隣で、落ちついた紅色の狩衣を着た紅騎が頷く。
「おまえらは西と南の観覧席に戻れよ」とイライラした青鷹に追いたてられて、二人は戻り、俺は東の観覧席に引っ張って行かれた。
(匣姫さまのお嫁入りか)
どうでも良いのに、碧生さまのことを、ふと思い出した。
観覧席の東龍にごく近い席に、父の姿があった。
俺は、遠目にも関わらずその姿に目を見張った。
父は“ここに在った”。
見たこともないような熱のこもった目で、一心に舞台に立つ匣姫さまを見つめていた。
(お父さま……)
色名の龍なら、匣姫を欲して当たり前。
自分の口で言った言葉がどれほどの力を持って、真実を語っていたか。
母の心に刃となって突きたっていたか。
6つの俺に自覚なんてなかった。
篝火の赤と、父の目。
それらは、忘れられない光景の序章に過ぎなかった。
その夜の儀、匣宮は呪詛を受けた。
匣姫さまが舞う舞台を囲んだ観覧席から立ち上がった三龍とその後継者たちは、それぞれの兵を集め、応戦した。
藍色の空に、糸屑のように光る龍があちらこちらで見られた。
戦場となった匣宮は焦土と化し、もっともあってはならないこと──匣姫さまは消えてしまった。
俺は幼い目に惨劇を焼きつけ……ぼんやりと立ち尽くす母の口元に、笑みがこぼれているのを見た。
「お母さま……」
母はからくり人形のように、首を動かし視線をくれた。
「蒼河」
俺の背に合わせて、白い蒸気を上げる土に膝をついて、抱きしめてくれた。
体温の暖かさに、ほっと安堵の息を吐くと同時に涙がこぼれた。
純粋に、龍の戦が恐ろしくて。
「大丈夫。もう。色名を失うような恐ろしいものは、何もかも消えてしまったのだからね……」
「お母さま……?」
何を言ってるの?
碧生さまの率いる兵に避難させてもらっても、母は匣宮を見つめていた。
父が帰ってくるのを、ひたすらに待っている。
今も、昔も。
母が言った“色名を失うような恐ろしいもの”とはいったい何だったのだろうか。
黒い雲を割って現れた恐ろしいもののことなのか、それとも……。
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