龍のシカバネ、それに月
1
父はいつもどこか遠くを見ているようで。
すぐ隣にすわっていても、心はここにないかのような目をしていた。
何かを探しているような、そんな目で遠い空を眺めている。
「藍架(らんか)さまの――東龍からの知らせが参っております」
廊下に指をついた母が静かな声で、しかし燃えるような鋭い目をして父に言う。
わかった、と短い返事をして応接間に消えていく父の背中を見てから、母は部屋の中にいる俺ににじりよって来た。
「蒼河(そうが)、お父さまは何かおっしゃっておいでじゃなかったか? 匣宮で何か儀があるとか、呼ばれているとか」
「…『ぎ』? ううん……何も」
父の部屋に呼ばれて赴いても、たいがい何も話さない。
俺は父のことを嫌いじゃなかったけれど、感情で言えばそれ以前の話だと思っていた。
父は、“ここにいない”のだ。
話すとか話さないとか、好きとか好きじゃない以前に“ここにいない”。
体はここにあっても、お心がここにない。
母にはわからないのだろうか。
「まだ匣宮にお心を残しておいでなんだろうか。藍架さまからの知らせとは何だろう。匣宮の儀ではないのか」
目の前に父がいないと、母はよく一人で話している。
幼いころはこうじゃなかったと記憶している。
だが、その記憶も夢なのかもしれないと、小学校に上がったころから薄々思うようになっていた。
「お母さま。お父さまは色名の龍なのです。匣宮を思っていても、それは当然のこと」
「お黙りなさい、蒼河。母は貴方のために心配しているのに」
余計な心配だ。
匣宮で大切に慈しまれているという匣姫さまは、御年18になられるという。
たまに学校に行かれることもあって、通学中にそのお姿を見ることもある。
「蒼河。匣姫さまを、じっと見てはいけない。無礼だろう」
同じようにランドセルを背負っている青鷹がそんなことを言うけど。
(無礼とか言ってたら、あんなふうに一緒に学校行くこともできねーじゃん)
匣姫さまの横には、たいがい碧生(たまき)さまがいる。
二人は同じ年でオサナナジミだから良いのだ、と青鷹が言うと、隣で灰爾(はいじ)が「コイビトじゃね?♪」とよくわからないことを言う。
少し離れた場所で、同じ方向に歩いている紅騎(こうき)は無言だ。
(オサナナジミ……コイビト……?)
どっちもよくわからないけど、わからないって言ったら絶対灰爾にバカにされるから、言わない。
いつも俺だけ年が離れて小さいから、槍玉に当てられる。
その灰爾にも、青鷹は「滅多なことを言うな」と怒っている。
「でもさー、匣姫さまなんだから、幾らコイビトでも無理なんだろ? 結婚すんのはさ」
「? 色名の龍なら結婚できるんじゃないの?」
しまった。
思わず聞いてしまった。
バカにされる。
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