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龍のシカバネ、それに月
3

 急速に視界が溶けて、こめかみを流れ落ちていく。

「っ……ふ…」

 息が苦しい。
 どうやって空気を吸って良いか、わからない。
 頭は「嘘だ、聞き間違いだ」と言うのに、心はストレートに嬉しさが溢れていて。
 同時に、碧生さまを裏切らせようとした罪悪感で、胸が痛くなってきた。

「ごめ……なさ……」

 ただ一度。
 それでも青鷹さんには碧生さまへの背信行為だ。
 ごめんなさい。
 碧生さまを裏切らせるような真似をして。
 一度で良いから、青鷹さんとつながりたいと願ってしまう。
 僕ももう、ギリギリなのかもしれない。

 青鷹さんを抱きしめる腕に力を込めた。

 額から、頭頂部へと指が差し入れられて、髪をすかれた。
 心地良い感覚に、潤んだ目をそっと開いた。

「っ……!! 碧生さまっ…」

 いっぱいに見開いた視界に、僕の頭側にすわって覗き込む碧生さまの顔が、間接照明の光に照らされて見えた。
 瞬間、僕に被さっていた青鷹さんがずしりと重くなった。

「悪い匣姫さまだね。指南役を誘惑したら駄目じゃないか」

 僕の体から下ろして、その体をすぐそばに横たえる。

 青鷹さんは、眠らされていた。
 僕は身を起こしながら、浴衣の前を整えて、碧生さまの前にすわった。
 碧生さまはいつも通りの、小さな笑みを浮かべたように穏やかな表情をしている。

「ごめんなさい……僕……」

「指南役はね、大抵は任じないんだよ。匣の匂いが強すぎて、普通の龍には耐えられない」

 匂いと力をコントロールできるよう訓練された匣姫でも、閨ではその力が解放される。
 匣姫の全出力に耐える力のある龍として、次期頭領が匣姫の配置として選ばれている。

「まぁ、青鷹が優月くんを求める理由は、匂いに狂わされてるだけとも言えないけどね……」

「……どうして青鷹さんを僕の指南役にしたんですか……?」

 初めて碧生さまに会ったあの日、青鷹さんは指南役に任じられた。
 三龍のうち、誰に配されても僕がとまどったりしないように、と。
 青鷹さんはしぶっていた。
 本来なら次期頭領が直接指南するものなのだから、碧生さまが自身ですべきだとそう言っていた。
 それを飲み込ませたのは碧生さまだ。

 でも、碧生さまは僕の問いには答えてくれなかった。

「何度繋がったところで永遠にはなり得ない匣姫との関係は、せんのないことだ」

 まるで、結ばれない匣姫との関係の辛酸を、碧生さまは知っているかのようで。
 その話は、青鷹さんのことなのか、碧生さまのことなのか。

「東のものになれば、君は私のものだ。西ならおそらく、灰爾の、南なら紅騎のもの」

 青鷹のものにはなれない。
 そう釘を刺されていることに、はい、と返す声が涙声になってしまう。
 知っているのに改めて口にされると、痛くてたまらなくなる。

「……青鷹を、好き?」

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