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龍のシカバネ、それに月
9

 青鷹さんの腕を振り払う。
 でも、目眩がして、自分の足では立てない。

「優月、どうし」

「嫌だ。嫌っ……そんなの、嫌だ!!」

 僕の記憶は書き換えられていた? 
 いつから? 
 何が正しくて、何が間違っていた?

「優月っ……もう何も考えるな!!」

 青鷹さんの声が正気を呼び戻そうとする。

 その腕にすがりついた。
 立っていられない。
 天地が返る。

「優月!!……」

 遠い。
 青鷹さんの声が、遠ざかっていった。







 縁側に、庭園。
 夜の薄闇にさらさらと音がするのは、霧雨が降っているからだと、庭につけられたほんのりと柔らかな光を出す照明のおかげでわかった。

 熱っぽく、腫れぼったいまぶたに触れて気づいた。
 すわる青鷹さんに抱き抱えられるようにして、眠っていたことを。
 青鷹さんはまだ寝息を立てている。
 僕の肩に腕をまわした姿勢のまま、手に広げた上掛けを持って、僕の体にかかるようにしてくれているようだった。

(疲れるよね。すぐにあちこち行ってしまう、僕みたいなのの面倒みるのは)

 ごめんなさい、と心中あやまって。そっと、青鷹さんの頬に指を添えた。
 眠っているせいか、体温が高い。
 僕にかけられた上掛けを引いて、青鷹さんの肩にかけておいた。
 そして、再び青鷹さんの胸元に鼻先を埋める。

 さらさらと耳に心地良い霧雨の音を聞きながら、初めて青鷹さんの手に光が宿るのを、見た日も雨だったと思い返した。
 あの日から、青鷹さんはずっと僕のそばにいてくれて、守ってくれている。

 だからなんだろうか。
 僕が、青鷹さんのそばにいたいと思ったり、離れると恋しく思ったりするのは。

――そんなに、久賀のことが好きなの!?

 きっと、あの時朝陽が言ったことは図星だった。
 密着した頬にほんのり熱がともる。

 青鷹さんのことが好きだ。
 できることなら、青鷹さんの匣になって、ずっとそばにいたい。
 この先、誰かの匣になってその人を一番に考える立場になっても、最初に安否を考えてしまうのは青鷹さんのことだろう。

 青鷹さんは碧生さまのために僕を守って指南しているんだから、僕のこんな感情は迷惑以外のなにものでもない。
 まして、青鷹さんは旧来通り、匣姫に誰かを選択する権利もないと言い切っている。
 この気持ちは、どこにも持って行き場がない。
 でも、唯一の肉親だった朝陽を失った僕には、行場のないこの気持ちしか、もう何もないように思えた。

 頭上からはまだ、青鷹さんの規則正しい寝息が聞こえる。
 朝見た時のままのスーツ姿で眠る青鷹さんは無防備で、どこか可愛く見えた。

「……好きです。青鷹さん」

 母さんが亡くなって、不安に苛まれていた時、初めて泣かせてくれた人。
 ずっとそばにいてくれて、守ってくれた人。
 それが碧生様のためだということもわかってる。
 思いを返してくれる時が来ないということもわかってる。

 それでも、今はただ言葉にしてみたかった。






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あきゅろす。
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