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龍のシカバネ、それに月
8

 ……怖い? 
 ああ、そうかもしれない。
 自分ですらどうしようもない世界で朝陽が無関係だという事実が、僕にとっては救いでもあったんだ……。

 優月、と名前を呼ばれて、我に返った。

「青鷹さん……」

「無事で、良かった」

 抱きしめられるままに、体をもたれさせて。
 胸に埋まる唇が、うん、とだけ言った。

 その背後から、紅騎さんが通りすぎて行く。
 細身の背中を見送ると、紅騎さんはまだ興奮状態でいる朝陽に近づいて行った。
 真横にいるのが僕じゃなくて別人だと気づいたらしい朝陽は、両手を下ろし、紅騎さんをきっと睨みつけている。

 でも、紅騎さんはまったく気にしているふうじゃない。
 懐かしい者に再会したみたいに、目元を緩めて、朝陽の頬に手を添えて言った。

「おかえり……朝緋(あさひ)」

 朝陽は怪訝な顔をして、紅騎さんを見返している。

(“朝緋”……?)

 僕はたまに襲ってくる目眩に、青鷹さんに支えてもらいながら、紅騎さんと朝陽の二人に近づいた。

「どういう、ことですか。どうして、朝陽が龍の力を持っているんですか。朝陽は普通の人間なのに、どうして……どうして、紅騎さんはそれを知ってたみたいに言っ……」

 落ちつけ、と背中を撫でてくれる青鷹さんの声も耳に入れられないくらい、僕は動揺していた。
 朝陽だけは、幸せな記憶を紡ぎ続けられるとまだ信じていた。
 信じたいと思っていた。

「匣姫のエネルギーをもらったから、封じられていたものが解けたんだろうね」

 まったくありがたい能力だよ匣姫の力ってのは、とさっきまでの無表情が嘘のように、紅騎さんは饒舌だった。

(匣姫のエネルギーをもらって、封じられていたものが解けた……)

 朝陽に、抱きしめられてキスされた時。
 あの後一瞬、朝陽の様子がおかしかった。
 あの時に、解けた? 
 ……“何が”?

「朝陽は、紅騎の実弟だ」

 僕を支える青鷹さんが、低く言う。
 朝陽が、紅騎さんの弟? 
 南龍の、紅騎さんの?

「……なに言ってるの、青鷹さん……朝陽は、僕の弟だよ? 小さい時から、ずっと一緒だった……ずっと、僕の弟だよ?」

 当の朝陽も信じられないといった顔をしている。
 でも僕よりずっと落ちついている。
 朝陽は紅騎さんを見て、そして自分の手を見ていた。

「……願ったり叶ったりだよ。これで、俺は龍の力を使えるってことなんだよな?」

 広げたり握ったりするその手はもう光ってはいない。
 紅騎さんが「まだ不安定だから、無茶しないでよね」と言うのをほとんど聞いていない。

 手から視線を上げ、朝陽が僕を見た。
 満面に笑みを浮かべる朝陽と、僕は正反対の感情を抱いているみたいだ。

「じゃあ……俺が優月を、匣姫をもらってもいいって話だよな? 何のために俺が優月のそばにいたか……一緒になるためだったんだよ……」

 朝陽が、南龍の一族。

(そんなの……)

 手が震える。
 嫌だ。

 朝陽は、朝陽だけは安全な場所にいてほしいのに。
 朝陽が南の龍で、彼らと同じに僕を欲する。
 そんなの、そんなのは違う。

――幸せな記憶だけを残しましょうね。

 額にかざされる母さんの手のひら。
 光って見えるのは、後ろに部屋の明かりがあるからだよね……?

 母さんは幼い兄弟を育てて働いて、苦労していたけど。
 友達のお母さんと同じに、ごく普通の母親だった。
 それなのに、この、母さんの手の記憶は何?……

「……嫌だ……」


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