龍のシカバネ、それに月
7
「走って! 朝陽、駅まで走って!」
聞こえているのかいないのか、朝陽は倒れている僕を見ずに、空を見つめている。
その朝陽のそばを、人魂がすり抜けていく。
朝陽はぴくりとも反応しない。
やっぱり見えていないんだ。
「走れ」と言った、僕の声も聞こえていないんだろうか。
泥に足を取られている僕は、朝陽にはどう見えているんだろう?
そんな危惧が浮かんだ時、いつか聞いたことのある、空を裂く音がして、何もない空間から人が現れた。
(あれは、紅騎さん……?)
井葉の家で会った、次期南龍の人だ。
助かった、と思うものの、紅騎さんは表情を変えず、ただその場に立っているだけだ。
様子をじっと見守るかのように、腕を組んで眺めている姿が不思議だった。
「紅騎さんっ……! 朝陽を、どうか……」
口元に流れ込んでくる泥が言葉を千切ってしまう。
声が聞こえたのか、ちらと僕を見て、人差し指を口元に当てた。
(? “黙って”?)
この場で静観する意味がわからない。
ばしゃんと泥に顔を押し付けられた僕の耳に、また誰かが現れたような音と気配があった。
「優月!!」
青鷹さんの声だ。
泥から顔をあげようとしたその時、視界が真っ白に輝いた。
龍の手から出る光だ。
衝撃波とともに、人魂が一つずつ、まるで風船みたいに弾け飛んでいく。
青鷹さんのおかげで助かった。
そう思って、体の力を抜いた瞬間、泥の呪縛も消えた。
解放された足が軽い。
喉に詰まった泥を吐き出して、ゆっくりと立ち上がって、乱れた息を整えた。
目眩が起こりそうな意識を戻して、周りの光景を目にする。
元通りだ。
人魂も泥も消えたシャッター商店街。
無表情の紅騎さんが、驚いた顔をした青鷹さんを取り押さえていて。
その視線を追って、朝陽にたどり着いた。
朝陽は自分の両手を見つめて、呆然と立ち尽くしていた。
「はは……やっぱり……そうだったんだ……」
浮わずった声が、笑いを洩らす。
僕は一歩二歩と、弟に近づいていく。
泥に囚われていた重みのない足は、軽く歩き進めるはずなのに。
近づくことを、ためらってしまう。
目が、信じられないものを映していた。
立ち尽くす朝陽の手から、光が滲み出していた。
「朝、陽? なに……その光……」
唇がうまく動かない。
うまく、朝陽に話しかけられない。
自分の光る両手から視線を離して、ぎこちない動きで僕に目を合わせ、朝陽は満面で笑った。
「優月……見た? 俺が、黒い奴らをやっつけたの。龍の光で!」
見た。
まばゆい光が、人魂を撃退して行った。
その光は、朝陽の手から出ていた。
(どうして。朝陽は普通の人間なのに)
涙が零れた。
どうして泣いてるんだろう。
自分でもよくわからないけど、胸がしめつけられるように痛い。
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