龍のシカバネ、それに月
6
……シャン…シャン……
ゆっくりと続く音は、次第に大きくなっているような気がする。
舞姫の姿はどこにもない。
ただ、夢で見た舞姫の手にあった、あの鈴の音だけが聞こえるのだ。
「音っ……朝陽、鈴がっ……」
朝陽の腕をほどいて振り返ると、両の頬を手のひらで包まれた。
まっすぐに僕を見てくる朝陽の表情が物凄く真剣で。
呆然と目を合わせた瞬間、唇に唇を押しつけられた。
「っ!? ん…っ!?…」
柔らかな感触は、さっき首筋に感じていた口元と同じ熱を持っている。
熱を送り込んでくるかのように、舌が動いて。
慌てて、両手で朝陽の胸元を押し戻した。
「っ!? 朝陽っ……ふざけてる場合じゃ……」
「ふざけてない! 俺は真面目に優月が好きだ。久賀なんかより、ずっと長いこと…… …………」
その時、朝陽の言葉に間ができたことに、僕は気づく余裕がなかった。
朝陽の言っていることが突然すぎて、頭が混乱していた。
「なに言っ……」
状況も状況だ。
鈴の音はまだ聞こえている。
ひゅん、と空を裂く音がして、背後から物凄い勢いで黒い人魂が通りすぎて行った。
血の気が引いていくのを感じる。
間違いない。
夜の山道で見た、空を飛ぶ影だ。
一つ、また一つと通りすぎて、また戻ってきては僕のぎりぎりを通りすぎていく。
「残すのは、幸せな思い出だけで良い。母さんが言ってたこと、覚えてる? 優月」
「お、ぼえてる……」
朝陽は普通の人間だ。
この光景は、朝陽の目には見えていない。
まるで猫が小鳥をなぶるかのように、人魂は僕の髪をかすめ、頬に小さな傷を作り、通りすぎていく。
それも、朝陽の目には見えていない。
――先の匣姫がどうなったか、誰も知らない。
匣姫の存在を北龍は許さない。
見つけ次第、“殲滅”……壊滅した、匣宮と同じに。
(北龍は、匣姫じゃない、龍でもない朝陽のことは見逃してくれるだろうか……)
恐怖で凍りつきそうになる足を奮い立たせて、とにかく北龍の手の内から逃げなくては。
そう思うのに、僕の体を抱く朝陽の力が強くて、動けない。
「朝陽っ……お願い、今はっ……」
「優月。俺、今わかったんだよ。どうして俺が、優月のそばにいるのか!」
それはね、と続ける朝陽の腕を力一杯引いて、走った。
朝陽の言うことがどうでもいいなんて思ってないけど、落ちついて聞く余裕が、僕にはまるでなくて。
ようやく足が動いた。
なんとかこの場から逃げなくては。
そればかり考えて走っていると、背後から黒い人魂がびょうと音を立てて追いかけてくるのがわかった。
中には余裕で通りすぎていくものや、僕のスピードに合わせて飛んでいるものもいて。
そのうち、アスファルトなはずの足元がぬかるんでくる。
アスファルトが、泥と化して、僕の足元を封じにかかる。
「っ……」
足を取られて地面に落ちてしまう僕に対して、朝陽は何事も起こっていないかのようにその場に立っていた。
その通りだ。
朝陽には何事も起こっていないのだ。
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