龍のシカバネ、それに月
5
考えごとに意識をやって、朝陽のことまで見ていなかった。
手首から朝陽の手をほどいて、手のひらを繋ぎなおした。
「じゃあ、来た道を帰ろう。今度は僕も、ちゃんと見てる」
ばつの悪い表情を見せてから、歩きかけた僕の背中からきゅっと抱きしめてくる。
朝陽が不安を感じているんだろう時にする仕草だ。
幸い迷子になったおかげで、回りには誰もいない。
空いたほうの手で、朝陽の肩を撫でた。
「ごめんね。僕のせいで、朝陽を振り回してしまって。……なんとか、良い方法を考えるから」
青鷹さんが現れた時も、僕は朝陽に同じようなことを言っていた。
良い方法を考えるから、だから安心して。
その口約束は叶えられることはなくて、こうして今も朝陽を不安の渦中に陥れている。
僕が匣姫である事実が変わらない限り、きっとそれは続く。
一番良い方法っていうのは多分、やっぱり朝陽だけ独立して生活することだ。
普通の人間である朝陽に、龍のしきたりに振り回される義務はない。
僕の出した結論は見えすいているのか、うなじに鼻先をくっつけた姿勢で、朝陽は呻くように言った。
「優月と離れて暮らすのは、嫌だ」
「……『お兄ちゃんの言うこと聞きなさい』って、母さん、言ってたろ」
いっそ、俺が匣姫だったら良かったのに。
鼻をくすんと鳴かせて、朝陽が続けた。
「そしたら、あいつら手玉に取って、好きなように操ってやるのに」
朝陽の言うことをふと想像してしまって、こんな時なのにぷっと噴き出してしまった。
「そんなことできるの?」
「できるよ! あんな奴らのことなんか。あーあ……なんで同じ両親から生まれたのに、俺は普通の人間なんだろう」
ぎゅっと抱きしめる腕に力が入る。
「朝陽が普通で良かったって、僕は思ってるよ?」
良くない、と肩口で呻く。
「色名とまではいかなくても、せめて龍なら良かったのに。ただの人間の俺には、優月を守れない」
知らなかった。
朝陽がそんなことを考えていたなんて。
逆の立場だったら、どうなっていただろう。
朝陽が匣姫で、僕は普通の人間で。
やっぱり朝陽が思うみたいに、僕もそれを歯がゆく思ったかもしれない。
でも、それでも、朝陽が龍と無関係に生きていけることを良かったと思う。
「俺、優月が好きだ」
唐突にそんなことを言う朝陽に、うんと頷いた。
「知ってるよ。僕も朝陽が大好きだよ」
朝陽の顔が、がばっと肩口から上がった。
「違! そういう“好き”じゃな――」
「待って、朝陽」
聞こえる。
一定の拍子を刻んだ、空気すらも浄めるかのような涼しげな――鈴の音。
記憶に新しい、舞姫の鈴。
こんな街中で聞こえるのはおかしい。
さっきから人が誰も通らないことを含めて考えても、一つの可能性が拭えなくて。
(まさか、三日前の夜と同じに、北龍に誘い出された……?)
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