龍のシカバネ、それに月
4
「だって……っ……他に、どうしたらっ……」
「もう優月は何も考えなくていい! 俺が全部考えて決めるから。優月は従いてくればいいし、結果嫌なことになったら俺を怒鳴ればいい!」
そんなことできない、とぐずぐず続けてしまう僕の手を引いて、朝陽はまた歩きだした。
そんなことできない。
朝陽は龍と無関係に暮らしていけばそれでいいと思っているのかもしれないけど。
北の龍はそんな安穏な生活を僕に許さないだろう。
そして、そんな北龍を、残る三龍は放っておくわけにはいかない。
対抗するには匣姫が必要で。
朝陽じゃなくても、うんざりするほど堂々巡りだ。
「父さんの、勘当された実家が匣宮だって。朝陽、それも聞いたの?」
背中を見せたまま、朝陽は「聞いた」と答えた。
「匣宮だっていうボロ屋も、蒼河と見に行った」
でもそれが何!? と強い口調で返ってくる。
「まさか、父さんも匣姫だったんじゃないかとか言うんじゃないよな!? もうたくさんだよ、こんな話っ……!」
ちっ、と短い舌うちをして、朝陽は僕の手首を握る手のひらに、ぎゅっと力を入れた。
(……えっ……?)
今、朝陽は何て言った?
『父さんも匣姫だったんじゃないか?』
まさか。
そんなこと考えもしなかった。
父さんは身分の合わない母さんとの結婚を反対されて、匣宮を追われた。
その父さんが匣姫だった?
確か“匣姫に選択権はない”って青鷹さんも言っていた。
だから?
だから、母さんを選びたかった父さんは、匣宮から縁を切られたのか?
すぐに、頭の中に、真四角の舞台で踊る匣姫のイメージが浮かんだ。
あでやかな衣装に身を包み、ゆらめくようにして舞う匣姫。
袖口で顔を隠したまま僕に近づいて、何かを伝えようとしていた夢の中の匣姫。
12年前、呪われ、行方不明となった匣姫は……
(父さん、なの?)
冷静になれ、と頭に声が響く気がした。
12年前、僕は5才だった。
父さんはすでに亡くなっていた。
確か先の匣姫は碧生さまと幼なじみだと聞いた。
多分、年も碧生さまと近いはず。
無事だとしたら、今、30歳……ぐらい。
だとしたら、父さんの年齢とは合わない。
だから、呪われた先の匣姫が父さんなはずはない。
僕の歩調に合わせてくれた、少しゆっくりしたペースで。
まばらだった人混みがほとんどなくなって、通りに朝陽と僕だけになってしまっているのに気づいたのは10分ほど経った時だった。
「……朝陽。もしかして、道に迷ってる?」
「…………。来た道を戻ってるつもりだったんだけど。迷った」
むすっとした表情のまま、ここどこ? と問う朝陽に返事もできず、周りを見渡す。
商店街のようだけど、シャッターが降りた店ばかりだ。
人は誰もいない。
(僕も悪い)
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