龍のシカバネ、それに月
3
「朝陽は、普通の生活を送れるんだから僕から離れて、ちゃんと学校を卒業して……」
まばらな人混み。
通りを行く車が、1・2台。
その中を、朝陽がぐいと手を引いて走りだした。
「朝陽っ……! 青鷹さんがはぐれちゃう……」
「バカ、まくために走ってんだよ! オヤジには捕まらねぇよ!」
「!? 青鷹さんはオヤジじゃないよ!?」
どうでもいいよ! と大声で返して来ながら、朝陽は走った。
手を引かれたまま、人混みを振り返ると、スーツ姿の男の人が何人か見えた。
でもそのどれも、青鷹さんじゃない。
「まく」と言った朝陽は有言実行で、ものの数分で青鷹さんを離してしまった。
息が切れる。
肩で息をしていると、ようやく歩くスピードまで落としてくれた朝陽がファーストフード店で買ったコーラを手渡してくれた。
ありがとう、と返して喉に下す。
ちら、と後ろを振り返っても、もう青鷹さんの姿は見つけられなかった。
視線を元に戻すと、ストローを口にする僕を、朝陽が黙ったまま見つめていた。
「ハコヒメって奴なんだろ、優月は」
唐突に“匣姫”なんて言葉を言う朝陽に驚いて、ストローを離して。
朝陽の顔を見上げた。
小さく、うんと返事をする。
「そのうち、四龍の誰かの嫁さんになるんだって、蒼河に聞いた。相手によっては、その一族みんなと寝ることになるんだって」
「……そう、らしいね」
その辺りはまだ実感としてあるわけじゃないけど、とんでもない話だと思って、あまり考えないようにしている。
多分、無意識に。
理由は単純で、ただ怖いからだ。
「『そうらしいね』って、そんな他人事みたいに! なんで平気なんだよ!? 男と寝たことあんの!?」
「なっ!? ないよ、そんなのっ……」
何言ってんの!? と怒ると、朝陽はさらに激昂した。
「そんな与太噺、信じてんの? 俺だって、久賀と蒼河の手の光だって見たけど……匣姫は別だろ!
久賀だって優月を自分の一族の次期リーダーに嫁に行かせようとしてるだけだろ? 上司に貢ぐために優しくしてきてるだけじゃん。なんで、そんな奴のこと好きになったりすんだよ!?」
呆れたような口調から、最後は怒ったような口調に変わる朝陽の言い分に、僕はぐうの音も出せなかった。
「……──っ……」
与太噺じゃないことは、今の僕にはわかっていて、でも実感させるすべはない。
朝陽には「本当のことだ」と言うしかなくて。
青鷹さんが僕を、碧生さまのために用意しているのは事実だ。
そんな青鷹さんを好きかもしれない僕の気持ちは、本当にバカで不毛で。
それでも青鷹さんのそばにいたくて、青鷹さんの言うなりに碧生さまのもとに行く準備を受け入れている。
「バカ……だよね……。なんでこんなこと、してるのかな……」
「優月がバカだからだよ! 泣くな! 俺が泣きたい!」
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