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龍のシカバネ、それに月
6

 何にしても、朝陽の考えてることがよくわからない。
 葬儀が終わったら、普通の日常に戻って行かなきゃいけない。
 僕はそう思っていたのに。

「あっ……?」

 メモが入っている。
 制服の上着のポケット。そっと抜き出して、2つ折りのそれを広げた。
 見たことのない筆跡だけど、久賀さんの名前と電話番号が書いてあった。
 直接手渡された覚えがないから、こっそり入れられていたのだろう。
 多分、朝陽が久賀さんを訝しんでいるのを察して。

(本気で、僕たちを引き取ろうとしてくれてるんだ……)

 両手でメモを包んで、ありがたく思ってしまう。
 世話になるわけには行かないと思いながらも、僕はどこか不安で、怖くて。
 差し出される手に掴みたいと思ってしまう。

 メモを元通りにたたんで、パンツのポケットに片づけておく。
 家に帰ったらお礼の電話をかけよう。
 ……もし、朝陽が部屋を引き払ってなかったら、の話だけど。

 曇天の下、霧がかったように薄暗い中、眩しいぐらいの光が近づいてきた。
 施設を出て歩き出してから、初めての車が来たみたいだ。

(この道、一応車も通るんだな)

 そんなことを思いながら鞄のファスナーを閉じていると、目の前に車が止まった。
 前座席の窓が開いて、若い男が顔を出し、にこやかな表情で「君、迷ったの?」と聞いてくる。
 首を横に振ってから「雨宿りです」と返す。

「あ、じゃあ、ビニール傘があるから、君にあげるよ」

「え、そんな」

 悪いですから、と続けて立ちあがる。

「安物のビニール傘だから、気にしないで。それに君は、使うこともない」

 前座席から降りてきた男の手に、くだんの傘がない。

「……っ?…」

 浮かべた笑顔が怖くなって、僕はとっさに走った。
 でも、男の足にかなわなくて、すぐ後ろから手を取られてしまう。

「な…っ、何…どう…」

「このまま、一族のもとに来てもらう。ハコミヤユヅキ」

 男が雨水に濡れた口から出した名前には、聞き覚えがあった。

 ハコミヤユヅキ。
 ハコミヤ。
 サトウじゃなくて、ハコミヤ。

「ひ、人違いです。僕はハコミヤユヅキじゃない」

「いや、人違いじゃないね」

 男は僕の手首を掴んでいる手元を見てから、もう片方の手に視線をやった。
 空いた手を握ったり広げたりを繰り返す。

「見る見るうちに流れこんで来やがる。痺れて痛いほどだ。……おまえは正真正銘、ハコミヤユヅキだよ」

「何のことを言ってるのか……」

 わからない、と続けようとした時、眩しい光がもう一つ現れた。
 もう一台、車が来た。


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あきゅろす。
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