龍のシカバネ、それに月
1
――そもそも、南が手を出さなければ北が――
灰爾さんは何を言いかけていたんだろう。
青鷹さんが途中で灰爾さんの話を折ったのは多分、あの場所に僕がいたから?
(南龍が前の匣姫さまに手を出したから、北龍が……匣宮に呪いをかけた……?)
そうなのか?
先の匣姫は南龍に配される予定だったのか?
「優月。ポテトもっと要る? 買ってこようか」
朝陽がファーストフード店の席を立とうとするのを、首を横に振って止めた。
久し振りのハンバーガーが、舌に懐かしい気がして嬉しかったけど、寝起きの体はそう食べられるものじゃなかった。
半分は元通り包装紙に包んで、しゅわしゅわと心地よく弾けるコーラを飲み下した。
井葉の家を出た朝陽と僕は、まっすぐ駅に向かった。
電車は、合わせたかのように飛び乗れた。
僕らの他に乗客がなかった電車の中、ごそごそと朝陽が持ってきた僕の服に着替えて。
一望して、小さなビルや住宅が見える駅で電車を降りた。
少し、アパートがあった町に似ている。
朝陽も多分、同じように思ったんだろう。
三日眠り続けた後の食事をとらずに出てきてしまったから、まずは何か食べようということになって、この店に入った。
適度に混んでいて、人の声がする環境が心地好い。
井葉の家では良くしてもらっていたけど、そういう意味では静かすぎて、ちょっと寂しい気がしていたから。
「この町、気に入った?」
唐突にそんなことを聞いてくる朝陽に、うんと返す。
やっぱり朝陽も、母さんと暮らした町に似ていると思ったのかもしれない。
そう、と言って微笑する朝陽を目にしてほっとできた。
「じゃあ、ここで暮らそうっか。俺、仕事も見つけるから。とりあえず、職探しして、あとは今夜の根城を見つけないとな」
「朝陽……」
それは、無理だ。
コーラをトレーに置きながら、僕は言葉を選べずにいた。
どう説明すれば良いのだろう。
僕は四龍のうち、誰かに配される匣姫で。
北龍は三龍と匣宮の殲滅を狙っている、などと。
信じられるわけがない。
僕だって信じられなかった。
実際に“影”に遭わなければ、実感なんて持てなかった。
まして、朝陽は龍でも匣宮の人間でもない。
夜空に舞う糸屑みたいな龍たちの姿も、その目に映せない。
(“龍でも、匣宮の人間でもない”……そうだ)
改めて考えてみれば、朝陽には龍たちのそばにいる理由がない。
だったら――でも、朝陽と離れて暮らすなんて今まで考えたこともない。
「あのね、あさっ……」
「!? なんで泣きそーなんだよ、優月」
やっぱりポテト買ってくる! と立ち上がる朝陽のシャツの裾を掴んだ。
「違っ……ポテトじゃな……」
「コーラか!?」
「な、何にも要らないから。すわって、朝陽」
顔に疑問符を浮かばせる朝陽が、言った通り席についてポテトをつまんだ。
咀嚼しながら、じぃっと僕の顔を見つめてくる。
「……言っとくけど。『朝陽一人で暮らして』って言うのはなしだぞ?」
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